「「ハッピー・ハロウィン~!」」
パンパンという軽快な音と共に、色鮮やかなテープが部屋を舞う。ささやかではあるものの、シンジお手製のケーキや料理も、テーブルに所狭しと並んでいる。部屋の至るところにカボチャの置物が飾られ、イルミネーションも輝きを放つ。シンジとアスカとの、二人だけのハロウィンパーティーが始まった。
もちろんネルフでも毎年パーティーは催されてはいる。けれども、二人だけでもう一度開催するのが暗黙の了解となっていた。そう。この日は結婚後初めて二人が新居へ越してきた日という、大切な記念日でもあったのだ
このパーティーでの二人の目的はただ一つ。お互いに前々から作ってきた仮装用の衣装をお披露目して、批評しあうことである。毎年アスカは気合いをこめて、かなり手の込んだ衣装を用意する。年々、それがエスカレートしている面も否めないのであるが、この行事の度にアスカの裁縫の腕が上達していっていることに対して、シンジが密かに喜んでいたりもするのは内緒の話だ。
「ジャーン!見て見てシンジィ~!どう?結構イケテルでしょ?」サキエル姿のアスカがはしゃいでいる。どうして使徒をデザインした仮装をしているのかという疑問をグッと堪えながら、シンジは妻の愛らしい姿を見て、思わず笑みをこぼす。「可愛いよ、アスカ。でもサキエルって、僕にとっては初めての戦闘相手だったから怖さも先立つけど…」大変な失言だ。「何よ、その言い方!三ヶ月も前から準備してたのに!」アスカの顔が紅潮していくにつれ、対照的にシンジは青ざめていく。「あ、あの、その…そういうつもりじゃ…ごめん…」「ふん!知らないわよ、もう!」ご機嫌斜めになってしまった妻を、シンジは必死になってなだめていたが、そんなシンジをアスカは全く許そうとはしていなかった。…困らせておいてアタフタするシンジの姿が見たい、というのが本音なのだろうけれど。
そのうち、必死に謝るシンジをからかうのに飽きたのか、今度はシンジの仮装について言及を始めたアスカ。「アンタ、裁縫は上手いのに、いっつもセンスないわよねぇ~ …今回の仮装は何?昆虫?」シンジは全身茶色でまん丸な着ぐるみを着ていた。「アスカの好きな、お猿のぬいぐるみの仮装だよ!」その言葉を聞くやいなや、アスカはパンプキンパイを頬張りながらお腹を抱えて笑い出す。「ちょっと、どうみてもカナブンかコガネムシにしか見えないわよw」確かに誰がどう見てもお猿のぬいぐるみには程遠いものがあった。だけれど、アスカが喜んでくれるだろうとシンジなりに必死になって製作した仮装の衣装だ。アスカの心無い言葉に傷つき、今度はシンジが拗ねだした。「ひどいよアスカ… これでも一生懸命頑張ったのに…」「何言ってんのよ、コガネムシのお化けさんw」全く意に介さず笑い転げるアスカの姿を見て悲しくなったシンジは涙を浮かべ始めた。シンジの異変に気付いたアスカも、少し言い過ぎたと思ったのだろう。けれども引くに引けない。そのままシンジをおちょくっていたのだが。「もういいよ… 来年はもっと上手に作るから… ごめん、アスカ」シンジは俯きながら寝室に籠もってしまった。
「…こんなつもりじゃなかったのにな」一人残されたアスカは、リビングを後にして浴室でシャワーを浴びながら呟く。毎年楽しみにしていた行事で、自分のせいでシンジを傷つけ、しかもこんな形で終わらせてしまったことに対して苛立ちを覚えていた。「どうしてこうなっちゃうんだろう…」晴れない気分のままに、アスカも寝室へと向かった。
「シンジ、入る…わ…よ?」背中を向けて寝ているシンジの姿を見て、思わず絶句するアスカ。無理もない。布団を捲った瞬間、あの着ぐるみを着たままベッドに潜っているシンジの姿を発見したのだから。「ちょっと!いい加減、衣装ぐらい脱いでから寝なさいよ!」反応する気配はない。諦めて、アスカもシンジの隣に潜り込んだ。「…もう寝ちゃった?さっきは散々言ったけど、さ… ホントはちょっとは嬉しかったわよ、バカシンジ」隣でアスカが呟く。その声に、ようやくシンジも応答する。「…さすがにコガネムシって言い方は堪えたよ」「でもそれ以外に見えないのも確かじゃない」もう寝ているものと思って本音を喋りかけてしまったアスカは、照れ隠しについまた言い返してしまう。「やっぱり僕ってセンスないよね… ごめんね、アスカ」「…けど、さ。コガネムシはコガネムシでも、シンジならドウガネブイブイあたりが妥当かもね」「?」「ドウガネブイブイよ。この間、家に侵入してきたヤツ」「あっ!夜中に入ってきた虫のことだね?」
先週の夜であっただろうか。アスカが窓を閉め忘れ、明かりに惹かれて一匹の甲虫が入り込んできたことがあった。ブーン…、バチッ!ブーン…、バチッ!カサカサ…と、飛んでは壁に激突することを繰り返している音がうるさく、寝られないから、と、アスカに捕獲を命じられて明け方まで格闘させられていたことをシンジは思い出した。「ドウガネって、体が銅金色だからであってるよね?…ブイブイって何のこと?」「ブイブイは… ブイブイに決まってるでしょ!」アスカの怒声につい首をすくめるシンジ。「そんなことより… シンジと似てるな、って思ってさ」「えっ、僕と?」「そうよ、不器用なところがね」さっきまでシンジをおちょくっていた時とは異なり、穏やかな口調でアスカが答える。「あの虫、ホントにバカだったでしょ?ぶつかっては飛んで、ぶつかっては飛んでを繰り返すだけでさ。 でも、なんか憎めないのよね。一途というか、バカ正直というか。 …不器用なバカは、無理に器用になろうなんて思わなくてもいいのよ。 短所の裏返しで、不器用なところがいいところなんだからさ」褒められているのか貶されているのかの判断が付かずに思わず黙りこんだシンジをよそに、「同じことは二度も言わないわよ。おやすみ」とだけ言うと、アスカは頭まで布団をかぶってしまった。
背中合わせのまま囁いているアスカの顔が、先程からずっと赤く染まっているのをシンジは知らない。そして二人はいつしか眠りに落ちていった。その二人と同じように、二組の衣装が仲良く寄り添っているシルエットが月明かりでぼんやりと寝室の片隅に浮かび上がっていた。
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