眠りの中から僅かに意識が戻るころ、一番にアスカの耳には不規則な雨音が飛び込む。週に一度の休日を迎える朝、彼女は外出を拒もうとする天の采配に憤りを覚えながら、カーテンのすぐ下に九時過ぎを告げるデジタル時計を確認した。
時間が惜しいと感じたのかアスカは起き上がる。 重い上半身を、右手の力だけでゆっくりと起こす。身体を包んでいた布団が重力のままに滑り落ちる。少し寒さを覚えながら、左手で目元をこすりボヤける視界を修復するアスカ。 次に目をやったのは、自分のすぐ隣で同じ布団に未だ包まれたままの同居人だった。碇 シンジは、身体をアスカの方へ向けたままいまだ眠りの中にいた。
幼さの残る端正な顔の無邪気さが引き立つ寝顔を、すでに何度も見ていながらも堪能してしまうアスカ。 この男が眠ったままではアスカの一日も始まらない。しかし、それでも彼の眠りを妨げる気が起きない。 アスカはこれを自分の悪癖だと自覚していた。
かつて所属していた組織が解体され、自身を縛り続けた任から解かれたアスカはこの国に留まる道を選んだ。 その時の己の心の中にあった小さな慕情に、彼女自身はまだ、気付いていない。それでも無意識下にその心に沿おうとする彼女は、進学と同時に独り立ちを決めた同僚との暮らしを望み、また彼もそれを快く受け入れた。
一年が経ち、二人の関係は以前よりも深いものになりつつあった。だが、アスカにとってのシンジは、最も必要とする異性であると同時に組織の中では目の上の瘤でもあった。 その思いが今でも尾を引き本心で望む進展を遮っている感は否めなかった。 そうした同棲の上に起こりうる亀裂を防いでいたのは、シンジの純粋さであることをアスカは認めている。
雨音の中、姉のようにシンジを見つめるアスカの瞳はこの一年で手に入れた色をしていた。
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