「へぇ~、結構やるのね、アンタ。」
アタシの目の前には美味しそうな料理が並んでいた。
「そう……。」
折角誉めているのに相手の反応は薄い。それがどこか舐められている様で腹が立つ。
しかし、アタシは仕方ないと諦める。感情が乏しい娘だから。
シンジへの軽い当て付けのようなものも手伝って、 アタシは綾波との同居をとりあえず、承諾した。アタシは綾波との同居部屋に着くと、直ぐに彼女に命令を下す。
「もうこんな時間?ほら、夕ご飯作るわよ。」
昼ご飯もろくに取って居なかったアタシのお腹は空腹に哭いていたからこの選択はしごく当然の事だった。アタシがキッチンへ向かおうと席を立つと、綾波は既にキッチンに立っていて、料理を始めている。部屋からは地下の洞窟が一望でき、アタシはそれをただボンヤリと見つめて料理を待っていた。
やがて部屋の中には美味しそうな匂いが漂い、アタシの鼻孔から脳中枢を刺激した。
完成した料理を無表情な綾波がテーブルへ運ぶ。
アタシが手伝うまでもなく作られた食事は基本的な日本料理で、中々の出来栄えでだった。
「まあ美味いわね。でも、アタシ的にはシンジの味付けの方が好きだけど……。」
思わずシンジの事を漏らしてしまう。
「誰?」
口に出すつもりは無かったのだ。心の中にはシンジへの意地があったから。しかし言ってしまったものはしょうがない。アタシは渋々、箸を置いて説明を始めた。
「ああ、碇シンジ。叔父様……じゃない碇主任の息子よ。」
言うと決めるとアタシの口はヤツの事を聞きもしないのにベラベラと喋りだす。
「どうしようもなくトロくて情無いヤツなんだけど、まあそこが母性本能くすぐるっていうか……なんか側にいると落ち着くのよね……。」
彼女は暫くアタシの言うことをやっぱり無表情で聞いていて、アタシが語るのを止めると黙り込んで俯いていた。そして唐突に口を開く。
「貴方。その人の事が好きなのね。」
「え?あ……ええ?そ、そ、そんな事な、な、なんで思うのよ!」
ああ、駄目だ。思いっ切り動揺してしまった。これでは肯定しているのと同じではないか。いや、それよりも何故解ったのか。感付かれたのかと慌てた。
「だって貴方。その碇君の事を話す時、凄く楽しそうに話しているもの……。」
思わず顔に手をやる。自分の顔が綻んでいたのに気が付く。
「そ、そんな事……。」
無い。とは言え無かった。恋心を抱き、ママや叔父様に無理を言って同居した事は事実なのだから。
「解ったわよ!白状するわ!同居もしてるし、好きよ、好き!さあ!これで満足かしら!?」
言ってから気付く。しまった、と。
「そう、同棲しているのね。」
同居を知られた挙句、それを同棲と脳内変換されたアタシは激しく動揺する。
「あ゛……。」
慌てて口を塞ぐ。動揺した上に変な声まで出してしまったアタシの顔は真っ赤に上気している。綾波を見てみると、どこか目を輝かせてアタシを見ている気がする。
「な、なによぉ~。」
アタシは少し凄んでみせるが、コイツはちっとも怯まない。「貴方はどうしてここにいるの?」「なによそれ?」
少しムッときた。アタシがここに居て、何か悪いと言うのか。しかし違った。
「彼の事が好きなら、何故貴方はここにいるの?」的を射た言葉だった。だけどアタシは、それを意地張って認めようとしないで。
「それは……。アイツがトロくて……駄目なヤツだから……。」
何時の間にかここにいる理由を探すアタシがいる。
「貴方が好きで同棲、しているのなら彼も貴方の事が好きなのではないの?」
確かにそうだ。いくら何でも好きではない人と同棲出来る程アイツは図太くない。むしろ繊細な方だ。ならば、やっぱりアタシの事を好きでいてくれるのだろうか?頭の中でフラッシュバックが起こる。シンジが冷たく言い放った言葉。『じゃあ、出ていけばいいだろ。』いや、最初にアイツへ酷い言葉を吐いたのはアタシだ。『サイッテー。』アタシが最低だ。シンジだって苛ついていた筈なのに……。出来ない自分と、煩いアタシに。アタシだって悪いんじゃないの?頭の中で自答する。
「悪いわね……。やっぱアタシ帰るわ。」「そう……。」
決めた。アタシは帰る。あの部屋へ。そう、アタシはアイツが好きなんだ。
ありがとう。レイ。
「また来るわよ。今度はシンジも連れてくるから、待ってなさいよ!」「……ええ……さよなら……。」
シンジと会わせたらどうなるだろうか。もしかして略奪愛とかならないでしょうね?
会わせてあげる。きっと気が合う筈だ。
エアロックを開ける。
「ただいまぁ……。」
返事は無く、室内は沈黙している。時刻は既に午後の10時を回っていた。靴を脱ぎ捨て、ダイニングへ向かう。シンジはいるのか?いたならばどんな言葉を掛ければいいのだろうか?
ダイニングと廊下を隔てるドアをゆっくりと開ける。そこにシンジは居なかった。代わりにあったのは……。
「野菜炒め……。」
テーブルの上には雑に切られて炒められた野菜があった。まさかシンジが作ってくれたのだろうか?アタシは考える前に行動していた。
廊下に飛び出すと、シンジの部屋へ駆ける。
部屋の中で一呼吸すると、ドアノブをゆっくり回して扉を開けた。恐る恐る中へ入る。暗い室内。ベッドの方から聞こえてくるのは規則正しい寝息。アタシはベッドの傍らに膝を突いてシンジの寝顔を眺めた。安らかな寝顔。
ふと、手を見てみる。コイツ……。アタシは内心で呟く。
シンジの指には沢山の絆創膏が貼ってあって、怪我をしたのだと解る。もしかしたらここまでしてあの料理を作ったのだろうか?
アタシは目を細め、慈しむようにシンジの手を包み込んだ。
「無理しちゃって……。」
終
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