ビニール傘

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「調子はどう?」 「特に……変わりは無いと思います」 「そう、なら良いわ。でも少しでも気付いた事があったら、何でも教えて頂戴。今は大丈夫でも将来的な話となると別だから」 「はい、覚えておきます。有難うございました」 「じゃあ、また次の診察でね」 退院直前の診察は、実にあっけないやり取りで終わったと思う。 終わってしまえば、そんなものかと思える程度だった。 尤も、専門家に言わせれば他愛ないやり取りでも重要なのかも知れないけれど。 僕にとっては診察すら日常生活の延長にしか過ぎない。 第2で居た頃だって散々診察に通った。 治療の効果はあったんだか無かったんだか、僕には判らない。 その結果手の中に残った物は、先生の奨めもあって惰性で続けたチェロだけだ。 寧ろ1年強の第3での生活の方が、これ迄の人生の中では非日常と言える。 その要因は数え上げれば切りが無いし、数えるのも正直面倒だ。 でもその分、此処に来なければ得る事が出来なかった物の方が多かったんだろうと思う。 ……失った物も多かったけれど。 今なら父さんに感謝しても良いと思える、ほんの少しだけ。 あの手紙が無ければ、こうして此処に居る事も無かっただろうから。 「終わった?」 「うん、終わったよ。アスカは?」 「アタシはこれから。問題無ければ手続済ませて無事退院よ」 診察室前の待合では、既に入院服から真新しい私服に着替えたアスカが座っていた。 ここ暫くは入院服の姿、その前はプラグスーツ姿が多かったから少し別人の様に見える。 「もう着替えたんだ」 「いい加減飽きちゃったもの。別に内診じゃないんだから、私服で充分よ」 そう言って、手にしていた新聞をラックに吊るした。 「何か目新しい事でも載ってたの?」 「特に無いわ。日本政府と戦自への国連の対応が少しだけ。……嘘ばっかりね」 「もう、僕達には関係無いよ。青葉さんも言ってたじゃないか」 「やぁね、関係無いのは解ってるのよ。入院中は大した情報も入らないから、世間に取り残される感じがして癪だったの」 特に娯楽も無く、休憩や仕事の合間に顔を見せてくれる青葉さんの話が全ての情報源に近かった入院生活。 病室にはTVも無かったし、偶に中庭に散歩に出たけど他の入院患者に会った事が無い。 朝から夕方迄診察と精密検査に追われて、睡眠時間以外はアスカと一緒に話をする位しかする事が無かった。 考えれば世間から隔離されていると言ってもいい位だ。 「要は待合時間の暇潰しを兼ねた情報収集?」 「あら、アンタにしちゃ冴えてるのね」 病室に戻り、入院服から私服に着替える。 出来れば二度とこんな物は着たくない、今回で最後にしたい。 こっちに来てから何度着る羽目になったんだろう? 退院準備と言っても元々荷物なんてあって無い様な物、数枚の下着とタオル類、それに洗面用具だけ。 それらをデイバックに詰めて、脱いだ入院服を畳み、ベットの上を軽く整える。 後は退院手続を済ませて迎えが来るのを待つだけだ。 多分、父さんは来ない。 一度だけリツコさんに引っ張られて顔を見せたけど、問題無いと一言漏らして直ぐに帰った気がする。 あれでも一応ネルフ総司令だから忙しいだろうし。 いや、一応父親と言った方がいいのか。 遺伝学上の父親だと言う事は理解出来るけど、それ以上の実感が無い。 所属する組織の長である事位の認識しか無いし、どっちにしても僕の日常の中での接点は無いに等しかった。 今更顔を合わせても、何を話して良いのか判らない。 それでも退院したら一度は話さないと駄目だろうな。 「けじめ…みたいな物か…」 バックを肩に背負いベッドに背を向ける。 窓から射す日差しがこの病室で過ごした時よりも、やけに無機質に感じた。 病室を後にし、階下の入退院窓口に向かう。 聞き違いが無ければ青葉さんが迎えに来てくれる筈だ。 副司令がまだ行方不明だから現在の直属の上司は父さんになる。 あの父さんの直属で仕事をしている上に勤務時間中だ、迎えに来て貰うのも何だか申し訳ない。 新しく用意された部屋もどうせ初めて此処に来た時に入る予定だった所の筈。 ジオフロント内なら案内用のフロアマップを見れば事足りるし、一人でも部屋に行けるのに。 時間も時間だし、廊下ですれ違う人は医療部所属の人だ。 皆戻って来た頃は多少職員が入院したり、通院で治療に来ていたのか、もう少し騒がしかった気もする。 今では足音が聞こえる事も稀かも知れない。 そんな所が余計に僕の目には色が失せて映る。 多分、今の僕はそれを不快だと感じているんだろう、窓硝子に映った表情はどことなく顰めっ面だ。 「人と会うのに、こんな事じゃ駄目だなぁ……」 何時の事だったか、咎められたのは。 あの時はその言葉に含まれた意図迄読み取る事はせず、ただ上辺だけしか受け止めなかった。 恐らくそれ以前もそう言う事が多々あったんだ。 ただ、僕が気付こうとしなかっただけで。 その癖、好意から来る物であってもそれが信じられなかったりして。 自分でも厄介だと思うけどね、そういう性分なんだから仕方ない。 結局突き詰めていけば、自分でも自分の気持ちが判らないだけの話だ。 だから他人の事も、その気持ちも解らない。 向けられた言葉をそのまま額面通り受け止め、そっくりそのまま自分の感情として跳ね返す。 それでも最近は少しマシになったのだと思わなければ。 自分の感情を不快感とは言え、自分の表情から読み取る事が出来る様になって来たみたいだから。 かと言って、こんな顔のままじゃ青葉さんに悪い。 辺りを見回すと誰も居ない、今だ。 窓硝子に向かい映っている顔を確かめながら、顰めている顔の筋肉を両手で掴み、強張っているのを解してやる。 すると突然、後ろから頭を小突かれた。

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