トゲアリトゲナシトゲトゲ』2

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「シンちゃん、お疲れ♪今日みたいな日だってたまにはあるから、あまり深刻に考えちゃだめよん♪」 ミサトの能天気な励ましの言葉を、シンジはこれ程恨めしく思ったことはなかった。 山のような抗議や苦情の報告書を前に、ただ溜息をつくばかりのシンジ。 半日がかりでようやくほぼ片付け終えた頃には、もう定時を過ぎていた。 背伸びをしてあたりを見回すと、アスカの姿は既にない。 すれ違いばかり。シンジはガックリとうなだれる。仕事など、もはや手につかなかった。 ふと、アスカとの昨日の「約束」を思い出す。トゲアリトゲナシトゲトゲ。 そんな虫、本当にいるのだろうか? PCを拝借して、いるはずもないヘンテコな名前を入力し、検索してみる。 「(カタカタ、カチッ)…えっ、嘘…だろ!?」 『トゲアリトゲナシトゲトゲ の検索結果 約 647 件中 1 - 10 件目 (0.08 秒)』 シンジは目ぼしきサイトをクリックして確認してみる。 ご丁寧にも、その名の由来まで説明がなされていた。 元々、トゲのある虫として「トゲハムシ」という名前の虫がおり、その別名が「トゲトゲ」というらしい。 しかし、「トゲトゲ」の仲間であるのにトゲのない虫が発見され、 それが「トゲナシトゲハムシ」と名付けられたそうだ。 そして更に後になって、「トゲナシトゲハムシ」の仲間であるのにトゲのある亜種が見つかり、 それが「トゲアリトゲナシトゲトゲ」であるとのことであった。 ものすごく矛盾がありすぎる虫だとシンジは思ったが、現実にいるとなれば仕方がない。 呆然としているシンジにミサトが気付き、声をかける。 「…どしたの、シンジ君?」 シンジは昨日のアスカとの賭け事の内容について話す。 喧嘩の流れで「トゲアリトゲナシトゲトゲ」という虫が存在するかについて口論になったこと。 もし、存在することが明らかとなった場合、無理にでも来週の水曜は休暇をとると約束させられたこと。 そして今調べたところ、本当に存在していたこと。 概要をミサトに話し終えると、大きく溜息をつくシンジ。 「まんまとアスカの術中にハマった訳ね。」 ミサトは苦笑いを浮かべながらしばらく考えこんでいたが、シンジに提案をする。 「だったら考えがない訳でもないわ。…シンジ君、今週、もう少し頑張れる? もし、今週中にミーティングの原稿を仕上げられるなら、他の人に代わってもらって休んでもいいわよ。」 「えっ…いいんですか、ミサトさん!?」 簡単に休暇のOKをもらい、あっけにとられるシンジ。 「その日はシンジ君達にとって特別な日でしょ。ま、代役はこっちでなんとかするから。ね、日向君?」 突然話を振られて驚く日向。 「ちょっ、待って下さい、葛城さん。あの…いえ、はい、わかりました…」 ミサトの眼力に負けて引き受けざるおえなくなった日向。 日向二尉には本当に申し訳なかったが、ミサトの粋な計らいにシンジは感謝した。 「ありがとうございます!今週中に必ず仕上げます!」 早速取り掛かろうとするシンジに、ミサトが優しく諭す。 「仕事もそうだけど…その前にするべきことがあるんじゃない?」 その言葉にハッとしたシンジは、挨拶もそこそこに、慌ててネルフを飛び出していった。 その夜。 帰宅途中のシンジは、滑り降りるように電車を降り、混みあったホームをすり抜け歩いてゆく。 改札を出ると、携帯からアスカに電話をかける。 「…もしもし。何よ、バカシンジ。」 いまだ不機嫌な様子の妻の声が耳に飛び込んでくる。 「あの…今、みどりの窓口の前にいるんだけど…昨日言ってた場所でいいんだよね?」 「…え?何よ、急に、バカシン…」 「買っておくよ、新湘南行きのグリーン車の特急券、往復二枚。約束どおりに。 ――僕たちの結婚記念日の日の予約で。」 今年、唯一たった一日限りの夏休み。 その休日は、シンジとアスカの結婚記念日でもあった。 その日、二人は海へ行く。 きっと、「その日」は、二人にとってまた特別な記念日となるに違いない。 朝から降っていた雨は既にあがっており、あれだけ分厚かった雲も姿を消していた。 上弦の月が足下を明るく照らし、空には星もいくつか輝きを見せている。 そんな明るい夜空に見送られながら、シンジは歩を早める。 妻の待つ、家へと急ぐために。 ~前編 『トゲアリトゲナシトゲトゲ』 Fin~

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