『トゲアリトゲナシトゲトゲ』

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「信じらんない!前もってあれだけ確認しておいたじゃない!」 妻の怒声に、なすすべもなくうなだれているシンジ。 リビングのテーブルの前で小さくなってしょげかえっている。 夜遅く、くたくたになって帰宅するや否やの出来事だった。 ここのところネルフの業務が忙しく、なかなか休日を合わせられない二人。 休日返上で働き、もちろん夏休みのような長期休暇もとれない状況であった。 その中で、奇跡的に同時に休みを合わせることの出来た「その日」。 二人は久々に旅行に行く予定になっていた。 だが、しかし。シンジに急なミーティングが入ってしまったのだ。 「その日」以外に休日をとるなどということは、二人に捻出できうる日程の限界を遥かに越えていた。 いや、正確に言えば、「その日」でなければ全く意味を持たないものになってしまうのであった。 旅行に行けないことをシンジが妻に告げた瞬間がこの様子である。 シンジにさして落ち度があった訳ではない。 悪いのは、ろくな休暇もくれずに、急なスケジュールを強制した上司のリツコである。 そのことはアスカも十分わかっていた。 むしろ、シンジも被害者の一人であることも。 しかし、アスカにしてみれば、やり場のない怒りをシンジにぶつける他なかった。 「…ごめん、アスカ。」消え入る様な声で詫びるシンジ。 そんなシンジに追い討ちをかけるようにアスカが捲くし立てる。 「はん!何時まで経っても飼いならされてる男なんて最低!アンタはアタシとの約束より仕事の方が大事なのね!」 職場での嫌なしがらみ。不可能な程の膨大なノルマ。枯れ果てた自分の才能。 仕事上のゴタゴタが続いていたシンジは、イライラした感情から逃れられず、思わず語気を荒げてしまう。 「しょうがないじゃないか!休めないものは休めないんだよ!」 そんなシンジの様子に、冷めた目で皮肉っぽくアスカが言い放つ。 「今度は逆切れ?そんな言い方しなくたっていいじゃない! トゲトゲしいったらありゃしない!トゲアリトゲナシトゲトゲ並みのトゲトゲしさね!」 一瞬、ポカンとするシンジ。トゲアリ?トゲナシ?何だソレ? 「ごめん、アスカ… でも、トゲアリトゲナシなんとかって何?」 「トゲアリトゲナシトゲトゲよ!」 「それって… 何なの?」 「あんたバカァ?虫に決まってるでしょ!」 「…いるの、かな?そんな変な名前の虫…」 「いるに決まってるわよ!とにかくいるったらいるの!」 アスカは頭が良くて何でも知っているのはシンジも重々承知である。 でも。言うに事欠いてトゲアリトゲナシトゲトゲだなんて… 叱られているのに思わず苦笑してしまうシンジ。そんなシンジをアスカは見逃さなかった。 「えーえー、そうやってせいぜい笑ってればいいわ!そのかわり、ホントにいることが判った暁には――」 アスカが条件を提示する。シンジはよく考えずに快諾してしまう。 そんな虫なんているはずないじゃないか、とシンジは内心思っていた。 というより、若干論点がずれ始めていることに気付き、これ以上無益な言い争いをシンジはしたくはなかった。 アスカはプリプリしながら、一人、寝室へ篭ってしまった。 一方、リビングに残されたシンジは、明日までに仕上げなくてはならないプレゼンの準備をするべく、自分の書斎へと向かう。 二人は、釈然としない気持ちを抱えながら、それぞれの夜を過ごした。 翌朝。 書斎のPCの前で目を覚ましたシンジ。 プレゼンの資料を書き終えた後、どうやらそのまま少し眠ってしまったようだ。 徹夜明けの目を擦りながらリビングへ向かうと、アスカの姿は既になかった。 先にネルフへ行ってしまったらしい。昨日の喧嘩の後、一言も会話を交わしていない。 ふとテーブルの上を見ると、アスカが作ってくれた朝食がのっていた。 シンジにとって、それはせめてもの救いであった。 朝食を済ますと、シンジも慌てて家を出た。 足早に歩きながら、シンジは周りを見渡す。 上空は台風による分厚い黒い雲に覆われており、強風と共に大粒の雨が降り注いでいる。 通りを歩く背広姿のサラリーマンも、幼稚園の送り迎えで子供の手を引く母親たちも、 皆それぞれ、季節の合間に漂う不安定な大気の中で険しい表情を浮かべている。 湿った服や靴から早く逃れたいという性急な態度が、 信号待ちの交差点やバス停で待つ人々の間で無言のうちに衝突し、 互いに鋭い尖った視線を交わしながら、冷たい諍いを起こしている。 息苦しい天候と人々の苛立ったその様子は、 シンジの、昨日の夜から抱えてきた重苦しい気分を代弁するかのようであった。 人通りの少ない道を選びながら、シンジはネルフへの道のりを急いだ。 ネルフに着いてからも、シンジとアスカの間には会話はなかった。 すれ違うことがあっても、アスカはわざとらしく顔を背けてしまっている。 どうしようもない程の暗い表情で、シンジはプレゼン発表の会場へと向かう。 今日は、ネルフの業務についてを一般市民に向けて説明する大事なプレゼンだ。 しかしながら、その日の発表は、シンジにとって最悪なものとなってしまったのは言うまでもない。

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