DNAを見てみよう

DNAを見てみよう〜台所でできる分子生物学実験



平成22年8月5日
鶴岡工業高等専門学校物質工学科 南 淳

 1953年、ワトソンとクリックによるDNAの構造の解明をきっかけとして、生物の働きを司る遺伝子を、DNAという物質として取り扱う分子生物学そしてバイオテクノロジーが急速に発展しました。遺伝子組換え技術や、DNA鑑定などがニュースになり、中学生を含め、多くの人が「DNA」という言葉を知っています。一方、DNAを実際に「見た」ことのある人はほんの一握りに過ぎません。しかし、DNAは、意外なほど容易に取り出すことができます。本実験はDNAが教科書の絵の中にあるものではなく、身の回りの生き物に含まれていて、実験で取り扱うことができるのものであることを理解してもらうことを目的に計画しました。
実施例:中学校訪問実験、中学生一日体験入学、親子で楽しむ科学の祭典

 私たち人間も含む生物の性質や形は遺伝子によって支配されており、これは親から子へと伝わります。この遺伝子の実体はDNAという、細胞の核に含まれている巨大分子です。本実験ではタマネギやレバーからこのDNAを抽出します。このDNAの抽出という実験はバイオ実験の基本ですが、本実験では特別な機械は使わず、すり鉢や洗剤など家庭の台所にもあるような物を使います。うまくいけば、大量の糸状のDNAを見る事ができます。なぜ洗剤などを使うか、操作の意味を考えながら実験しましょう。(平成19年度中学生一日体験入学パンフレットより)

準備

 (下線はタマネギを使う場合)
ビーカー(50 mlまたは100 ml)3つ、薬さじ、ハサミ、すり鉢、すりこぎ棒、A4の紙(下敷き用)、おろし金、食塩3g、台所用中性洗剤1 ml、 ガーゼ(30cm x 15cm)、割りばし1本、小試験管1本、イソプロピルアルコールまたはエタノール、ブロッコリー2,3房、タマネギ1/4個

手順

1. 食塩水を作る。

ビーカーに50 mlの水を取り、食塩を3g(薬さじ一杯)加えて、溶かします(約1モル/リットル)。

2a. 試料をすりつぶす。

手でちぎるか、ハサミやナイフを用いて、ブロッコリー2,3房を取ります(上から見て3cm x 3cmくらいの房を2個くらい)。

ハサミを使って、ブロッコリーの先の花蕾と花柄を切り落とし、すり鉢に落とします。基部が入っても構いません(水分が多くなります)。飛び散るので、すり鉢の下に紙を敷いておくと良いでしょう。

すりこぎ棒を使って、よくすりつぶします。初めは上から押しつぶし、形が無くなってきたら、すりこぐと良いです。もう良いだろうと思ってから、さらに、同じだけ時間をかけてすりつぶすくらいです。

2b. タマネギをすりおろす。

おろし金を使って、タマネギをすりおろします。

3. DNAを抽出します。

2.に台所用洗剤を1 mlくらい(または薬さじに半分)加え、ゆっくりと混ぜ合わせます。

1.の食塩水を10 mlだけ加え、おだやかに混ぜ合わせます。

5〜10分間程、静置します(4.へ)。

4. ガーゼで濾す。

30cmx15cmのガーゼを二枚重ねにして、ビーカーの口に乗せます。

3.の破砕物をガーゼ上に注ぎます。

ガーゼを手で押さえ、すりこぎ棒を押しつけ、液を絞り出します。

破砕物をガーゼで包み込み、やさしく絞ります。

5. DNAを析出させます。

ろ液と等量のイソプロピルアルコールを静かに注ぎます(すぐに液をかき混ぜないこと)。ろ液の上に重層されます。

静かに揺り動かすと、糸状・綿状のものが析出し浮いてきます。これがDNAの沈殿です。

割りばしを入れ、ゆっくりと円を描くように回します。ろ液とアルコールが混ざり、さらにDNA沈殿ができます。これを割りばしでからめ取ります。

小試験管に水1ml、イソプロピルアルコール1mlを入れ混ぜておきます。DNAがついた割りばしを入れます。

解説

DNAとは何か?

 DNAは生物の形や性質の設計図である遺伝子の本体です。DNAは二重らせん構造をとっており、内部で塩基と塩基が対をなして安定しています。塩基は4種類ありますが、その並び方が、生物の形や性質の設計図になります。DNAは非常に長い巨大分子であり、ヒストンというタンパク質に巻き付き、ヌクレオソームという構造を作ります。ヌクレオソームはさらに数段階折り畳まれて、染色体という構造を作ります。染色体は一個の細胞に一つだけある核に含まれています。DNAの太さは2nm(nmは10億分の1メートル)で、長さは様々ですが、ヒトの一つの細胞に含まれるDNAは合わせて2mほどです。

DNAの取り出しかた

 DNAを生物から取り出すことは遺伝子の研究の第一歩になります。DNAを生物から取り出すにはどうすればいいでしょうか?図を見て考えましょう。まず、生物の体を壊し、さらに細胞を壊さなくてはいけません。そして、DNAは核の中にありますから、細胞や核の膜を溶かさなくてはいけません。DNAはヒストンと結合してますから、この結合を外すことも必要です。こうして取り出したDNAは切断されやすいので注意して取り扱わなくてはいけません。

実験の原理


 2.では植物の組織を物理的に破砕しています。細胞壁が壊れ、核やプロトプラストが細胞から取り出されます。液胞も壊れ、中に含まれるDNA分解酵素やタンパク質分解酵素も出てきているはずです。DNA分解酵素の働きを抑えるため、すり鉢を冷やしておくのが有効でしょう。(”身近にある物”ということに拘らなければ、弱アルカリ性の100mMほどのバッファー(液胞中の加水分解酵素の至適pHは酸性。)と10mMほどのEDTA(キレート試薬。DNA分解酵素はMg2+等の金属イオンを補欠因子とするので。)を加えると良いでしょう。

 3.ではまず、界面活性剤を加えることによって、リン脂質が主成分である細胞膜や核膜を溶かしています。ヒストンなどの核タンパク質と結合したDNAが取り出されます。DNAは負に荷電したリン酸基を持っており、塩基性である核タンパク質とイオン結合(静電引力)によって結合しています。NaClを加えることにより、この結合が引き離され、DNAが溶出されます。

 ろ液の中で、DNAは他の低分子、高分子化合物とともに水に溶けています。また、高濃度の塩も含まれています。4.でアルコールを加えると、高分子化合物が凝集し、析出(塩析)してきます。エタノールでは最終濃度70%、(より疎水性の高い)イソプロピルアルコールでは最終濃度50%となるように加えます。分子生物学実験では70%エタノールで沈殿を洗って、塩を取り除きます。エタノールに比べ必要量が少ないこと、安いこと(エタノール1級3Lは8800円、イソプロピルアルコール1級3Lは3400円)からイソプロピルアルコールを用いました。

 DNAは非常に長い分子であり、物理的に切断されやすいということに注意しなければいけません。精製が進むにつれて切断されやすくなります。3.以降の操作は穏やかに行うことが大事です。

 レバーや白子など動物性の材料を用いる方法がよく知られています。DNAの抽出は容易ですが、タンパク質の含量が高いため、きれいなDNAを得るためには、除タンパク質の操作が必要になります。また、臭いや、タンパク質や脂による器具の汚れもやっかいです。

 植物を材料に用いる場合、DNA濃度が低いことが問題になります。成熟した茎、葉や根の細胞は細胞が液胞化し、大きくなっています。ブロッコリーの花蕾は細胞が小さいので、体積当たりのDNA含量が高く、DNA抽出実験に適しています。カリフラワーも良いと思います。

 研究レベルで植物のDNAを抽出するときも、基本的には本実験と似た手順で行います。
  • 1. 植物組織を破砕する(液体窒素を用いることが多い)。
  • 2. 界面活性剤(SDSやCTABなど)と塩によりDNAを抽出する。
  • 3. 遠心分離により不溶物を除去する。
(4. フェノール処理やクロロホルム処理により、タンパク質、糖を除去する。)
  • 5. アルコールを加えてDNAを塩析し、遠心分離により沈殿を得る。
 得られた試料は分光分析により純度を分析(核酸の吸収ピークである260nmの吸光度とタンパク質の九州ピークである280nmの吸光度を測定する)、アガロースゲル電気泳動により分子量分布を分析する場合が多いです。そして、サザンブロッティングにより遺伝子を解析したり、PCR反応の鋳型に用います。
最終更新:2010年08月05日 14:28
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