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第四章・夢の国

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寂れた小さなバーのカウンター席に着くと、ラディウスはブラッディー・メアリーを注文した。これはトマトジュースをベースに作ったカクテルで、まるで血のような赤色をしている。
薄暗い照明の中で無口な店主は一つ頷き、タンブラーにスカイウォッカとトマトジュースを注ぎ、軽くステアした。
「…どうぞ」
「ありがとう」
いつものとは違う安っぽいレザーのキャスケットを目深に被ったまま、ラディウスはどろりとした真っ赤なカクテルを一口飲んだ。馴れないアルコールの臭いに、わずかに顔をしかめる。本当はアルコールが含まれていないシンデレラやオレンジ・エードなどのカクテルを頼みたいのだが、そんなジュースと変わらないようなものでは格好がつかない。ここで他の客たちに見縊られては困るのだ。仕方がないので、顔をしかめながらちびちびと口に含む。もっとも、それを隠すために鍔の広いキャスケットを被ったままで居るのだが。
「なんだボウズ、そんなジュースみたいなもん飲んでやがるのか?」
「余計なお世話だよ」
こっちだって好きで飲んでいる訳じゃないんだ、と心中でぼやく。アルコールの臭いはすこぶる苦手なのだ。厳つい顔をしたその男は、ひょいとラディウスの顔を覗きこんだ。そしてにたりと笑う。
「へえ、お前随分とカワイイ顔してんだなぁ。女みたいだ。…てか、お前女だろ」
「ああ、良く言われるよ。その度に不愉快になるんだけどね」
キャスケットの鍔を少し下げ、男を軽くあしらうようにふっと鼻で笑った。全く、僕も性格悪くなったものだとラディウスは自嘲した。
「なあ、一勝負どうだ?賭けポーカー」
胡散臭いなと思いながら、ラディウスはちらと男を見て頷いた。
「構わないよ、俺はポーカーじゃ負けたことが無いんだ」
一人称を『僕』から『俺』に変え、ラディウスはブラッディー・メアリーをきゅうっと一気に飲み干した。時折、酒に弱いと知ったとたんに、酒に酔わせてどうにかしてやろうとしだす輩がいる。それを避けるための小芝居だ。頬杖を付き、ラディウスはわずかに口角を上げる。
「何を賭ける?」
「何でも良いよ」
大きく出たもんだ、と男は豪快に笑った。それじゃあ、オレが勝ったら今夜一晩のお相手を願おうか。
こういう馬鹿馬鹿しいことを言ってくる奴も少なくない。構わないよ、とさっきと同じ調子でラディウスは頷いた。それじゃあ、俺が勝ったら五十ドル貰おうかな。びた一文だってまけやしないよ。
入り用な金を簡単に、そして一気に集めるのにはやはりこの方法が一番手っ取り早い。相手の要望を受け入れ、さらにこちらの要求が妥当なものだと思わせることさえ出来れば後はこっちの腕次第だ。
少し高くねえか、と言う男に安いくらいだと言い聞かせ、その場でポーカーを始めた。こういうのはあまり相手の印象に残らないように手早くやるものだ。
「何回勝負?」
「一回だ」
ラディウスのポーカーフェイスは、決して崩れたりはしない。さり気無くいらないカードを袖の中に隠し、揃えたカードをテーブルに出した。
「ロイヤル・ストレート・フラッシュ」
「フォーカード」
男はちっと舌打ちをすると、尻のポケットに手を突っ込み財布を取り出した。袖の中に隠したカードは、男が財布をあさっている間にカードを一つにまとめながらさり気無くその中へと戻す。
「残念だったね」
「いかさまの癖に」
「でも見えてなかっただろ?」
もし見えていたら無理矢理にでもこっちの負けって事にしていただろうからね、とラディウスはクスリと笑って約束の五十ドルを受け取った。一瞬うっと言葉に詰まった男を見て、ラディウスはもう一度意地悪く挑発するように笑って見せた。
「それに、いかさまはお互い様だろう?君のはばっちり見えてたよ。それにほら、君の捨てたカードがカウンターの下に落ちている。ホント、分かりやすいイカサマほど無粋なものはないよね」
気付いていない振りをしていたんだ、やさしいよね、とカードを切りながら呟く。
「てめェ…」
「何てことは無い。ただ俺の方がほんの少し器用だったってだけの話さ。でもまあ、君の腕もそこいらの素人よりかはいくらかマシだよ」
もう少し精進するんだね、と五十ドルを財布に仕舞いこみ、ラディウスは二杯目のカクテルを注文した。
ラディウスの瞳と同じ金色の、ホーセズ・ネック。
ウォッカとジンジャー・エールをステアした、さっぱりとしたカクテルだ。くるくると蛇のように巻いたレモンの皮が、タンブラーの縁からひょいと首を覗かせる。
ラディウスはホーセズ・ネックを一口飲み、男にも安いビールを一杯奢ってやった。




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