自然科学、科学技術についての知識の検証

【5 セルカン氏の自然科学、科学技術についての知識の検証】

【5-1 「一方ロシアは鉛筆を使った」】

セルカン氏のトークの持ちネタに、NASAの開発した(とする)ボールペンの話がある。
アニリール・セルカン特別講演、世界にはおもしろい人っているもんですなあ。
■当たり前のことに気づこう
無重力の状態ではボールペンではうまく文字がかけない
 NASAは無重力ペンを12millionかけて開発した
 ロシアは鉛筆で同じ問題を解決した
4) 目の前にあるものを見る大切さ
例えば、宇宙開発競争時代の話。
米NASAでは多額の費用をかけて無重力で使える宇宙ペンを開発。
一方のロシアは、宇宙でエンピツを使っていた。
⇒ 新技術に目を向けすぎて、今あるものを忘れてしまっては本末転倒。
⇒ 目の前にあるものを、しっかりと見ることがとても大切。
このネタは、2chでもしばしばコピペされる以下のアメリカンジョークが元ネタになっていると思われる。
アメリカのNASAは、宇宙飛行士を最初に宇宙に送り込んだとき、
無重力状態ではボールペンが書けないことを発見した。
これでは ボールペンを持って行っても役に立たない。
NASAの科学者たちは この問題に立ち向かうべく、
10年の歳月と120億ドルの開発費を かけて研究を重ねた。
その結果ついに、無重力でも上下逆にしても水の中でも氷点下でも摂氏300度でも、
どんな状況下でもどんな表面にでも書けるボールペンを開発した!!

一方ロシアは鉛筆を使った。
このアメリカンジョークは真実ではない。この件の真相はNASAのサイトに書かれている。
The Fisher Space Pen
NASA公式サイトに「一方ロシアは鉛筆を使った」の真相(日本語訳あり)
要約すると、
  • NASAは当初鉛筆を使っていた
  • フィッシャー社はNASAの資金提供なしに無重力でも使えるボールペンを開発した。
  • NASAもソ連(ロシア)も、このフィッシャー社のボールペンを採用。
セルカン氏はNASAの宇宙飛行士候補を自称していたにもかかわらず、NASAに関する真実ではないアメリカンジョークを元に講演していたことになる。

【5-2 宇宙の膨張速度】

「宇宙百景」に所収されているインタビュー(p144-147)で、セルカン氏は以下の発言を行っている。
例えば銀河系というマップは、地球から宇宙を眺めた図に過ぎないんですよ。宇宙は1年に2倍程度膨張していると言われているけど、じゃあ一体、それは何の中で膨張しているのか?僕はそれを、“11次元宇宙理論”という数学的な理論を使って追究しています。
「1年に2倍」という宇宙の膨張速度であるが、実際にそのような速度で膨張しているとすると、10年で1024倍、50年で1125899906842624倍、100年で1267650600228229401496703205376、200年で1606938044258990275541962092341162602522202993782792835301376倍という膨大な数になり、~億年のタイムスケールで考える宇宙に適用するには有り得ないナンセンスな数字であることがわかる。(宇宙の誕生直後は別)
「1年に2倍」という数字は、専門家でなくても金利の複利計算(年利100%の借金がどれくらいの速さで増えていくかをイメージすればわかりやすい)などを知っていれば、有り得ない数字であることが容易に想像できることであるが、宇宙物理学者を自称するセルカン氏は気付かなかったようである。

宇宙の膨張速度を表すハッブル定数は、現在ハッブル宇宙望遠鏡や宇宙背景放射を観測する探査機WMAPなどの観測によって精密に求められている。
参考: Wikipedia ハッブルの法則
最近のデータのよると、ハッブル定数の値は (70.5±1.3) km/s/Mpc である。
これは、1 Mpc (メガパーセク、326万光年) 離れた天体が 70km/s の速度で遠ざかっていることを表す。
ハッブル定数と、宇宙の膨張速度の関係については、「宇宙論I(日本評論社)」のp52,53の記述の引用を見ていただきたい。
ハッブルの法則は, 宇宙は一様等方であるという宇宙原理に基づくと宇宙が膨張していることを意味する. そして, H0は宇宙の単位時間当たりの膨張率に等しい. これは以下のようにしてわかる.
(数学的な説明により省略)
ちなみに, H0 = 70 km s-1 Mpc-1 として, これを単位時間当たりの膨張率に直すと
    H0 = 7 × 10-11 [ y-1 ]
を得る. すなわち, 宇宙の大きさは1年にほぼ100億分の1程度増えていることになる.
(引用文中の"H0"はハッブル定数)

ハッブル定数の測定値は、ハッブルの法則が提唱された当初 500 km/s/Mpc という現在の測定値の約7倍の値であった。観測技術の向上とともにハッブル定数の測定値も変わっているが、その変遷はせいぜい1桁程度であり、セルカン氏のいう「1年に2倍」などという10桁も異なる数字が観測されたことは一度もない。セルカン氏の挙げた数字は、観測結果に全く基づいていないデタラメな数字である。

【5-3 著書「宇宙エレベーター」】

セルカン氏の著書「宇宙エレベーター」内の自然科学に関する記述にも、多くの間違いが指摘されている。
博士論文に関する申立書のページ最後の"5) アニリール・セルカン氏の学力とその確認に関する疑問"
毒書日記429(猫又号のブログ)

以下では、その詳細について記述する。
(順次執筆していきます)

【5-3-1 速い光?】

p49
僕たちの世界で色としてみえている物は、全て光のエネルギーである、と言える。例えば、父がお気に入りの赤は6500~7000オングストロームの頻度で動いている速い光だ。ちなみにオングストロームというのは、1mmの1000万分の1という、量子世界級の細かい単位になる。青は4200~4800オングストロームだというから、赤の方が体を温めるチカラを持っているという父の信念も、まんざら嘘ではないかもしれない。

通常の物理学の本(入門書、啓蒙書も含む)の言い回しではないため、この文章の主張は明確ではないが、素直に読み取るならば、赤い光の方が青い光よりも「速く動き」「温める力を持っている」ということになる。

「6500~7000オングストローム」というのは、赤い光の波長であるが、通常は光の波長を「~の頻度で動いている速い光」という表現で扱うことはない。「速い」ならば「(光の)速さ」、「頻度」ならば「振動数」が適切であると思われる。振動数の意味で「頻度」という単語を用いることは通常はしないが、辻褄は合うので、この2つについて考えてみよう。

まず光の速さであるが、高校物理の教科書に以下の記述がある。
真空中の光の速さは振動数(波長)に関係なく3.00 × 108 m/s であることが, 実験で求められている。
(数研出版「高等学校 物理I」p.95 より引用)
つまり、青い光も赤い光も、真空中においては同じ速さであり、赤い光のみを「速い」と表現するのは適切ではない。

次に振動数であるが、波の速さ、振動数、波長の間には以下の関係式が成立する。
波の伝わる速さ v = f λ
(数研出版「高等学校 物理I」p.61 より引用)
この式で、v は波(光)の速さ、f は振動数、λ は波長である。
光の速さは上記のように振動数に関係なく一定であるため、波長が長い光ほど振動数は小さくなる。つまり、波長の長い赤い光よりも波長の短い青い光の方が振動数が大きい("速く"振動している)ことになる。

また、「赤の方が体を温めるチカラを持っている」という記述であるが、実際に物を温める能力が高いかどうかは、物体により吸収しやすい波長が異なり単純ではない。光の持つエネルギーに関しては、もし同じ振幅の光(電磁波)であるならば、そのエネルギーは振幅の2乗に比例し、波長にはよらない。また、光子1個あたりのもつエネルギーで考えるならば、振動数に比例(波長に反比例)する。つまり、青い光の方がエネルギーが大きい。いずれにせよ、赤い光の方がエネルギーが大きいとする理由はない。「赤の方が~」というのは、赤い色に関する「暖かい」というイメージを物理的事実を考慮せずに用いているのだと思われる。

セルカン氏は、赤い光の波長が長いことから「速い」「温めるチカラを持っている」としている(ように読み取れる)が、実際は、「速さ」は波長に関係なく一定であり、「振動数」は赤い光の方が小さく、「エネルギー」も赤い光の方が大きいということはない。
(真空中の)光の速さが振動数に関係なく一定であることや、光の速さ、振動数、波長の関係式は、日本では高校物理の教科書に載っている知識であるが、宇宙物理学者を自称するセルカン氏は理解していなかったようである。

p49
色は光の反射を通すことで、初めて目で見ることができる。それぞれの色が持つエネルギーの違いが、色の違いだ。たとえ部屋の電気を消し、真っ暗で何色なのか見えなくなったとしても、そのエネルギーは変わらずそこに存在している。

物体に反射された光の持つエネルギーの源は、あくまで光源(引用文に合わせると部屋の電気)であり、光を反射した物体ではない。部屋の電気を消したら、そこから発せられる光の持っているエネルギーも存在しなくなる。光を反射する物体の存在は関係ない。

【5-3-2 カルーザ・クライン理論】

p59
1926年、数学者のクラインは、カルーザの考えた5次元をより具体的に表現し、「5次元とは実際に見ることができない世界ではないか」と発表した。5次元という空間は原子よりも小さくなる可能性を秘めている、とクラインは考えたのだ。

原子より小さい空間って?
簡単に説明するとこうである。
同じ大きさの紙を2枚用意し、それぞれをくるくると丸めて、筒を二つ作るとしよう。
一つは普通に丸めた筒。これを仮に4次元と考える。もう一つは中心の空間がなくなるくらいに、細くぎゅうぎゅうに巻く。これを5次元と考える。
次に、きつく巻かれることで、一本の線に近い形になった5次元の筒を、先に作った4次元の筒の中に入れてしまおう。すると5次元の筒は、4次元の筒に邪魔されて見えなくなってしまう。しかし、取り出して広げれば、また元通りの大きい紙になるのだ。
つまり、一つ下の次元に隠れてしまうほどにカタチを変えてはいるが、必ずしもそれより小さい空間ということではなく、広げると大きくなる可能性を秘めているんだよ、とクラインは言いたかったのだ。
後に、この考え方は、「カルーザ・クライン理論」と呼ばれるようになる。

カルーザ・クライン理論における5番目の次元が見えない理由のたとえとして、細く巻いた筒のたとえはよく使われる。しかし、見えなくなる理由はセルカン氏の言うような「4次元の筒に邪魔されて見えなくなってしまう」からではない。(そもそも、通常このたとえでは、4次元と余分な5次元目を別々に筒にするようなことはしない)
余分な次元が見えなくなるのは、巻く前は2次元的な平面であったものが、細く巻かれることによって棒状(1次元)に見えるからである。

【5-3-3 雪の結晶は3.5次元?】

p61
原子は自然の存在なのに、3次元を越えて数箇所に同時に存在できる。雪の結晶みたいに、3次元では解析できず、3.5次元の存在と呼ばれているフラクタルの世界もある。

「3次元を越えて数箇所に同時に存在」の意味は不明。
雪の結晶については、次の事実がある。
  • 雪の結晶の形状はフラクタル的性質を持つ
  • フラクタルの次元は、整数以外の値を取りうる
(参考 Wikipedia フラクタル)
この2点だけを考えるなら、「雪の結晶は3.5次元」という主張は間違っていないように思えるが、フラクタル次元の定義から考えると、3次元空間内に存在する物体のフラクタル次元は3を越えることはない。(同様に2次元平面内の物体のフラクタル次元は2以下である)
例えば、2次元平面内に描くことのできるコッホ曲線やシェルピンスキーのギャスケットと呼ばれる図形は、それぞれ log 4 / log 3 = 1.26186..., log 3 / log 2 = 1.5850... であり、どちらも平面の次元である 2 より小さい。
(参考 Wikipedia コッホ曲線シェルピンスキーのギャスケット)
また、3次元空間内に存在できるメンガーのスポンジと呼ばれる物体は log 20 / log 3 = 2.7268... であり、空間の次元である 3 よりも小さな値である。
(参考 Wikipedia メンガーのスポンジ)
なお、このメンガーのスポンジは、セルカン氏がバードハウスプロジェクトにおいて「エンドレスキューブ」という別の名で作成している。(セルカン氏のブログ)

元プリンストン大学数学部講師を自称したセルカン氏であるが、フラクタルに関する知識は「次元が非整数である」という表層的なものにとどまり、その数字が具体的にどのように求められるのかは知らなかったようである。

【5-3-4 ビッグバンから1000年後の宇宙】

p90
当時1000歳の宇宙はまだ分子の状態なので、タイムトラベラーは到着するやいなや、細かい分子に分かれてしまうだろう……。

ビッグバンから1000年経過した段階では、物質は分子どころか、さらに小さな単位である原子核と電子がバラバラに飛び交っているプラズマ状態と考えられている。原子核と電子が結合し、原子を作るのはビッグバンからおよそ38万年後とされている。
参考: Wikipedia 宇宙の晴れ上がり

【5-3-5 タイムマシン実験は本当に行われたのか?】

p95
「そうか!」僕たちはひらめいた。
アドバイスを元に考えた材料、ソジウム22(注:ナトリウムのこと)。ソジウム22を対消滅させて大きなエネルギーを作り出せば、タイムマシンを光速で動かすことができるかもしれない。そこで40kmもの長い銅線で作った巨大な電気コイルで、高エネルギー電子の通過をねじまげる、電子加速装置を設計した。

タイムマシンに関しては、高校生には実現不可能と思われる記述や、加速器に関する記述としては疑問符の付くものも散見されるが、上記の物質・反物質の対消滅に関する記述に関しては、そもそも
  • ナトリウムの反物質を作成すること
  • (ナトリウムに限らず)エネルギー源として利用可能な量の反物質を作成または採集すること
  • 作成または採集した反物質を長時間保存すること
いずれも現代の科学技術をもってしても不可能である。「宇宙エレベーター」内に書かれたタイムマシン実験は、(目的とするタイムトラベルではなく)書いてある通りのことを実行するのが不可能であり、架空のものであると言える

しかしセルカン氏は、Tokyo Walker増刊号でのインタビュー(「タイムマシン」公式ブログ)において
セルカンさんは、15歳のときにタイムマシンを作った経験が、自分の人生の転機になったと語っています。「この経験がなければ、今僕はきっとこの場にはいないでしょうね(笑)」とも。
と、タイムマシン実験が実際に行われたかのように語っている。

【5-4 「尿とエネルギードリンクは成分の83%が同じ?」】

セルカン氏の現在の研究テーマは、宇宙技術を応用したインフラに依存しないで暮らせる空間技術(インフラフリーと称している)である。ここでいう「インフラ」には上下水道も含まれ、下水のリサイクルによる飲料水の確保は重要な研究テーマであると思われる。これに関するセルカン氏の言及に、以下のようのものがある。
大使第1号にアニリールさん 串本町が委嘱 (AGARA紀伊民報)
 現在は、先端技術を応用し、電気や水道、ガスなどインフラに依存しないで暮らせる空間技術の研究に取り組んでいることも紹介。尿をリサイクルして飲むことは可能で、エネルギードリンクの成分の83%が尿の成分と同じだと説明した。串本では風をエネルギーとして活用できることも示した。

尿とエネルギードリンクの成分であるが、どちらも主成分は「水」である(このこと自体は一度気付けば聞いて感心するような知識ではない)。ただし、尿の成分のうち、水の割合は98%(Wikipedia:尿)、エネルギードリンクも90%以上が水であり(栄養ドリンク成分一覧表)、83%という数字には全く根拠がない

83%という数字は水以外の成分に関する数字を指している可能性もある。ただしこの解釈では、水以外の尿の主成分は尿素であり、エネルギードリンクの(水以外の)主成分も尿素であるということになってしまう。

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最終更新:2010年03月28日 21:28
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