「連続テレビ小説ちりとてちん」まとめ

あらすじ2

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第9週 「ここはどこ?私はだめ? 」2008/05/26-2008/05/31

 

【第49回】

1993年初頭。正典と糸子は喜代美の入門に際して草若への挨拶に訪れた。糸子は越前蟹の箱を差し出す。
蟹と聞いて四弟子は目の色を変えて、先を争うように箱を台所に運び込む。
糸子は恐る恐る、月謝の額を尋ねる。月謝はとらないと草若は答える。
では噺を教えるごとにとるのか、それとも莫大な入会金、もしや紋付きの金の羽織に何千万。
糸子は漫才さながらに草若にたたみかけた。
草若は、内弟子は金は要らないと説明する。稽古も報酬はとらない。これはどの師匠も同じ。
落語は皆のもの、長年大勢の落語家が伝えてきた。金とって教える道理はないと。

夜。草原は喜代美に、仕事の手順を、四草を見て覚えるように言う。
その四草は、台所で包丁を振り下ろして蟹に叩きつけていた。
何をする、と声が裏返る草原。四草は「蟹さばいてます」と平然としている。
それは殺戮や、と指摘して草原は喜代美に、四草を見習わないほうがいいと訂正した。

奈津子が草若邸に、喜代美の取材をさせてほしいと頼みに来た。
喜代美の脳内に即座に浮かぶ「女流落語家 その成功の軌跡」出版記念パーティの光景。
甘い妄想に喜代美は、四草が食事の支度をしているのにも気付かず浮かれる。
注意するべきかと聞く草々に、草原は「今日限りのことだ」と大目に見てやっていた。

翌朝5時。喜代美は荒々しく扉を叩く音で目が覚めた。出てみると、草々が箒を手に待ち構えていた。
朝食を作った喜代美は台所から、草若と草々に呼び掛ける。即刻草々が、そんな呼び方があるかと怒鳴った。
朝食後、散歩に立った草若に「行ってらっしゃい」と呑気な喜代美を、草々は軽くひっぱたいた。
喜代美は草若から、紬を出してと言われるが、夏物の紗を出して草々から注意される。
玄関に行けば靴を出してしまい、草履を出せと草々に叱られる喜代美だった。

洗濯物を干しながら「これでは落語家やなくお母ちゃんや」とぼやく喜代美。
そこに草原が来て洗濯物に目をとめる。その干し方は何だ、パンパーンと伸ばせ、と。
さらに、窓ガラスが拭けてない、カド、カド、キッ、キッと指導する草原。
台所の掃除を監視する草原は、テーブルに埃がないかをチェックする。
喜代美は「月謝払うどころか給料もらいたいぐらいや」と、家事をする理由も分からずに愚痴るのだった。

 

【第50回】

午前6時。小浜で糸子が味噌汁の味見をしている。
 その頃喜代美は、アサリの砂抜きをじっと待っていた。
朝食時。糸子は家族の要望にそつなく対応する。
 喜代美は草々にまだかと聞かれ、炊飯を忘れていたことに気付く。
午前10時。糸子は鼻唄混じりに洗濯物を干している。
 喜代美は縁側でバケツを引っくり返している。
午後3時。糸子は松江と、安売りの戦利品を見せ合う。
 喜代美は豆腐を買い忘れたことに気付き、慌てて卵を落としてしまう。
午後5時。糸子は小次郎のシャツまでアイロンがけを済ませている。
 喜代美は、草原に洗濯物はどうしたと聞かれて、洗濯機から出していなかったことを思い出す。
気付けば、要領が悪いまま2週間が過ぎていた。

草若の指示で喜代美は、小草若のテレビの仕事に付き人としてついて行く。
テレビ局で歓談していた尊徳と柳宝に小草若は、妹弟子の喜代美を紹介する。
徒然亭の女の弟子に尊徳と柳宝は「相変わらず無茶苦茶な」と漏らした。
小草若たちが立ち去ると尊徳と柳宝は、草若の復帰を鞍馬がどう思っているやらと案じるのだった。

スタジオではADが「ワダキヨミさん、いますか~」と探していた。おずおずと名乗り出る喜代美。
ADは喜代美を引っ張っていく。バッと光るライト。調整室から「その子誰や」の声が飛んでくる。
眩しさに目を細めつつ、喜代美の脳内ではディレクターが
「この子こそ捜し求めたダイヤの原石や!」と声を震わせる妄想が展開されていた。
喜代美が現実に立ち返ったところにスーツ姿の清海が現れ、てきぱきと打ち合わせを始める。
清海の楽しげな笑顔に喜代美は、家事に明け暮れる己との落差を痛感した。

喜代美は稽古をつけてくれと草若に頼み込むが、草若は「稽古ならさせている」と稽古部屋に消えた。
そこに草原が現れる。おとくやんの人気商品の洗剤で窓拭きを実演する草原。
喜代美は草原に、家事ばかりで何のために弟子入りしたか分からないと言う。
草原は、趣味でやるだけなら自分がいくらでも教えるが、落語家になるなら家事をしっかりやれと説く。
落語家は、人を気持ちよく、楽しくさせるのが仕事。家事はそれができるようになるための修業だと。
それが分からない限り草若の稽古はないと言うと、洗剤を喜代美に握らせて草原は立ち去った。

 

【第51回】

喜代美は、縁起棚のしつこい汚れの上に福助人形を置いてごまかそうとする。
「人が見てない時こそきちんとやれ」と声が飛ぶ。振り返ると、草々が睨みをきかせていた。

寝床での一門の食事時。
テレビでは、小草若のコーナーが始まった。草若が座を外し、四草はテレビを消す。
小草若が寝床に現れた。喜代美に会いたくて、と清海もついてきた。
喜代美はぎこちない笑顔を見せる。草々は妙に緊張している。四草が「三角関係か」と呟いた。
清海を中心に寝床の空気が華やぐ。喜代美は、清海の裏側に回ってしまう嫌悪感を覚えた。
清海は、おつまみやお酌に気を配る。喜代美はコップを引っくり返すが手が止まってしまう。
喜代美は自分の駄目さ加減に、惨めな思いが増す。
「ほんまに喜六と清八や」と草々。興味を示す清海に、草原が東の旅・発端を聞かせる。
すっかり溶け込んで笑っている清海に、とうとう喜代美は耐えきれなくなる。
「何でエーコが落語の話を聞いとんの?落語なんか興味ないやろ。私の居場所に入ってこんといて!」
空気がさっと冷える。清海は「ごめん」と言うと青ざめて帰っていった。
草々は喜代美に「お前は自分のことしか見えてない。落語家に向いてへん!」と怒鳴る。
喜代美は涙をこらえ「お店の空気を悪くして、すみませんでした」と寝床を出た。
静観していた草若が、草々を「相手見て、言葉選んで、もの言え」と叱った。

居間で草若は喜代美に茶を出す。喜代美は湯飲みを両手で包み、口をつける。
草若は「あの子には、心がよう温もったら謝っとき」と言うと立ち去った。

取材に訪れた奈津子は、草若が喜代美の心が冷えていたことを察して、温かい茶を淹れたのだと説いた。
そうやって、気配りの仕方を教えたのだろうと。
雑用の中から、どうやったら相手が気持ちいいか、楽しいか感じとる力を身につけるのだ、
との奈津子の言葉に喜代美は、草原の「落語家は人を気持ちよく、楽しくするのが仕事」を思い出した。
それを機に喜代美は、身を入れて家事にかかり始めた。

喜代美が筋肉痛を嘆きながら居間に転がると、草若が帰ってきた。
慌てて起き上がる喜代美の目の前に、草若は手拭いと扇子を置いた。
「明日から、落語の稽古や」と草若。喜代美は扇子のひぐらしの紋を見て、笑みを浮かべた。

 

【第52回】

喜代美の初めての稽古。草若は扇子と手拭いの使い方を教える。扉を叩く音も出せる、と草若。
喜代美は早速真似するが、扉を叩くしぐさと音がずれて何度もやり直す。
草若の制止も耳に入らない喜代美。草若はあきれて部屋を出ていく。
「こんにちはぁ。(コンコン)開けとくなはれぇ(コン)」首をひねりつつ、喜代美は繰り返した。

居間で四草は、最初のネタは何になるだろうかと話題を振る。
小草若は、寿限無なら自分でも教えられると妄想する。揃いの稽古着の小草若と喜代美。
口伝えの稽古のうちに、目を潤ませた喜代美が小草若に寄り添う。夕日に照らされる二人…
草原は東の旅・発端ではないか、自分も最初はそうだった、と言う。
四草は、最初のネタで賭けないかと持ちかける。小草若は寿限無、草原は東の旅、草々はつる。
お前は、と草原に聞かれた四草は、胴元だからそれ以外なら総取りだ、と当然の面持ち。
立腹した三人は、四草を組み伏せた。

喜代美は自室に戻っても「開けとくなはれ(トントン)」に余念がない。
草々は隣室から、根を詰めるなと声をかけ、先日の暴言を詫びる。
しかし、草々の気持ちが清海に向いていることを痛感した喜代美は、
ひときわ声を張り上げて「いてはりまっかぁ(ドンドン)」と繰り返した。
その頃小浜では、小梅が家族に「皆に話がある」と切り出していた。
続く爆弾発言に、和田家は声を上げて仰天した。

草若が喜代美の最初のネタを発表した。ちりとてちん。草若は草原に、見本を見せるように言う。
喜代美は手を叩いて笑っている。草々は草若に、初心者には難しい演目をやらせる理由を尋ねた。
草若は「俺が、喜六のちりとてちん聞きたいからや」とけろりとして、喜代美に「やってみ」と言った。
戸惑う喜代美。小草若が目線で、小拍子を鳴らすように促した。
草若に続いて、最初の喜ぃさんのセリフを話す喜代美。草若は、顔の向きが反対だと指摘する。
旦さんと喜ぃさんのやりとりのうちに、また顔の向きが怪しくなる喜代美。
草若はとうとう、稽古を草原に任せて寝転がる。草原は「下手向いて」と指導を始める。
喜代美はもう上手を見ている。「下手はこっちや」と草原。喜代美は慌てて首を振り、首の筋を違える。
道のりの長さを予感して、兄弟子たちの表情は曇っていった。

 

【第53回】

草原の指導のもと、喜代美の稽古は続く。草若は、四草に酌をさせて部屋の隅で眺めている。
結局、その日の稽古は喜ぃさんの最初の挨拶だけで終わってしまった。

その後も、慣れぬ家事の合間に稽古が入る。
稽古でも話すのに手一杯で、上下を忘れるわ、手が疎かになるわと散々だ。
喜代美が溜め息混じりに廊下の拭き掃除をしていると、小梅が現れた。喜代美は泣いて抱きついた。
小梅は草若に、修業中の内弟子の身内が突然訪ねる非礼を詫びた。
そして喜代美に、スペインに移住することにしたと告げ、喜代美の落語を聞かせてほしいと頼んだ。

小浜の和田家では、正典がまだ小梅のスペイン行きについて不服そうだ。
小次郎は縁側でたそがれている。糸子が呼び掛けても反応がない。正平は「他愛ないのう」と苦笑した。

喜代美は稽古部屋でちりとてちんを演じるが、小梅の反応は芳しくない。
喜代美は小梅に、不安を吐露する。一度に二つのことができない自分は落語家に向いてないのか、と。
小梅は、そうかもしれないと答え、「だとしたらどうする。他に向いているものを探すのか」と続ける。
小梅は、スペイン行きを決意したのは喜代美に触発されたからだと言う。
面倒なことや苦手なことを乗り越えて、好きなことをやり通す。
それが「ぎょうさん笑う」ことではないかと思う、と。
そこに草原が駆け込んでくる。小梅は草原の三味線で「ち・り・と・て・ちん」と弾き始める。
小梅は、今度のちりとてちんを最後までやり遂げる自信はあるのか、と喜代美の目を見つめた。
喜代美は頷いた。その目には、涙がたまっていた。

翌朝、小梅は草若に出立の挨拶をし、小梅の若い頃の着物を差し出す。
いつか喜代美が高座に上がる時に着せてやってほしい、と。
草若は、不器用な喜代美だが一つ感心していることがある、と言う。箸を持つ手つきだ、と。
これは落語家には大事なこと。よく躾をなさった、との草若の言葉に、小梅は微笑んだ。

小梅が小浜に戻ると幸助、さらには秀臣が駆け込んできた。
松江から聞いた、スペインに行くのは本当かと。小梅は松江の口の軽さにあきれる。
秀臣は小梅を案じるが、小梅は「あんたには関係ない」とそっぽを向く。
しかしその口元には、嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

 

【第54回】

草々は、次も寝床で落語会を開きたいと草若に諮る。草若は喜代美に、初高座に出てみるかと聞いた。
喜代美からの電話を受けた糸子は、家族に喜代美の落語家デビューを伝える。
あれこれ畳み掛ける糸子に喜代美は鬱陶しそうに、絶対に見に来るなと電話を切った。

寝床で磯七は、喜代美の芸名が何になるかと思いを巡らす。
草原は、綺麗な名前を考える。徒然亭…草じき。
その刹那、「徒然亭草じきでございま~す。うぃ~ん」と高座で掃除機をかける姿を想像する喜代美。
四草は重々しく呟く。徒然亭…草しき。
「徒然亭草しきで、ございます」喪服姿で数珠を手に拝む、辛気臭い高座。
小草若は底抜けにいい名前を考える。徒然亭…草せーじ。
「徒然亭草せーじでございます。うまいっ!」フォークの刺さったソーセージのかぶりもの。
草々は「色もんやないか」とケチをつけて考える。徒然亭…草りがま。
忍び装束で「徒然亭草りがまでござる。逃がさん!」と鎖鎌をぶん回す高座。
とうとう喜代美は泣き出してしまった。

数日後、草若は喜代美の芸名を発表した。徒然亭、若狭。草若はめくりの紙を掲げ持った。
「若狭」の二文字が、喜代美の目には「敗訴」と映っていた。
夜まで泣き続ける喜代美に、隣の部屋で草々は「若狭」の何が不服かと聞く。
喜代美は、字面が嫌いだと嗚咽を漏らす。若くて狭いのだと。
草々はあきれて、小浜にしてもらえと言う。喜代美は今度は、浜なのに小さいと、わあわあ泣き出した。

和田家では小次郎が「若狭」の芸名を伝えていた。正典は、小次郎が最新情報を掴んだ理由を尋ねる。
小次郎はあふれるガラクタの中で曖昧に笑っていた。
その頃大阪では、ガラクタが消滅した部屋で奈津子が、壁のアロハシャツを嬉しそうに見つめていた。

喜代美は稽古部屋で「若狭」の紙を見つめていた。草々が、故郷が気に入らないのかと声をかけた。
喜代美は、若狭にいた頃の自分が嫌なのだと答える。草々は、あるだけいいと呟いて立ち去る。
草若が、草々には故郷はないのだと明かす。
喜代美が元気にやれるのは、帰る所があるからだという草若の言葉に、喜代美は糸子の言葉を思い出す。
…誰にでもふるさとはある。無理せんで、つらい時には帰ってこい。
喜代美は「若狭」を名乗る決意を固めるのであった。

 


第10週 「瓢箪から困った」2008/06/02-2008/06/07

 

【第55回】

初高座を翌日に控えた喜代美は、道すがらも「ちりとてちん」を呟いている。
小浜の和田塗箸店では、三ヶ月で初高座とはなかなかだと、自称・大学落研出身の竹谷が感心していた。
竹谷は正典に、大阪の百貨店の箸専門店に塗箸を500膳卸してほしいと切り出す。正典は了承する。
糸子は竹谷に、明日の定期便は何時に出るかと探りを入れていた。

喜代美は夜中まで、一番太鼓の練習をしている。
草々は、寝不足では声が出なくなる、初高座では大きな声で元気にやるのが仕事だと声をかけた。
その頃母屋では、眠っていた草若が飛び起きて、愛宕山を繰っていた。

寝床の店内には、各所から贈られた花が並んでいた。その中で、順子から届いた鯖束が異彩を放つ。
高座には豪華な花。「和田喜代美さん江 和田清海」の札があった。
喜代美は、清海にぶつけた「居場所に入って来ないで」を思い出す。
喜代美は清海に電話をかけて、花の礼とともに暴言を詫び、いずれ落語会を見に来て、と言い添えた。

楽屋がわりの稽古部屋で準備に余念がない一門。磯七は、縁側で喜代美の髪を結う。
終わると草若が、髭をあたれと割り込んできた。
兄弟子たちも毛先を切れ、セットしてくれ、平兵衛の艶出しをと磯七を取り囲むのであった。
喜代美は自室で、菊江に着物を着付けてもらう。そこに奈津子が、写真を撮りに来た。
喜代美は、ポーズをとったり扇子を頭上に乗せたりとはしゃぐ。やがて草々に呼ばれ、喜代美は表に出た。
草々は喜代美を見て、開場前から着替えるな、そんな格好では雑用もできない、と怒鳴った。

喜代美は寝床で一番太鼓を叩く。磯七が咲に、最後はバチを「入」の形で止めるのだと説明する。
喜代美は叩き終えて、バチを…「人」にしていた。

稽古部屋で草若は、かんざしを取り出して草々に、喜代美の頭に挿すように指示する。
草々が挿そうとするが、かんざしが歪む。小草若が手を出すと、喜代美は痛さに悲鳴をあげた。
草原が「一番弟子の自分が」と出ばれば、四草が無言で手を伸ばす。
草若は、皆でやってやれと言う。四弟子の手で、喜代美の髪にかんざしはおさまった。
草々が「おかみさんの、形見のかんざしや」と呟く。鏡に見入る喜代美。
草若の部屋には、同じかんざしを挿している志保の遺影があった。

 

【第56回】

草若や兄弟子は、喜代美を一言ずつ励まして寝床に入ってゆく。最後の草々が喜代美を見つめる。
喜代美は「俺がついてる」と抱き締めてくれる淡い妄想を描く。
草々は喜代美に近づくと、全力で肩を叩いてひとつ頷き、寝床に入った。
喜代美が中の様子を伺っていると、糸子が現れた。

和田家の台所のカレー鍋には、「あっためて食べなれ」のメモが添えられていた。
あれほど行くなと言ったのに、と愚痴る正典。小次郎は、自分も行きたかったとすねている。
正平は夕食を用意し、小次郎と正典に注意を飛ばす。正典は「誰やな、お前は」と突っ込むのだった。

喜代美は糸子に「帰って!」と言い、寝床に入る。糸子も店の入り口に立った。
喜代美は一礼して顔を上げる。鼓動が高まる。言葉が止まる。
「名前、名前!」と袖で草若。喜代美は素っ頓狂な声を出した。「和田喜代美ですっ!」
草若は手でバツ印を出し、喜代美は訂正した。
「徒然亭若狭でございます。今日が、初高座でございます」ガチガチの喜代美に客席の反応は薄い。
糸子の「見たら分かるわ」とのツッコミに、観客は吹き出す。
草々に促され、喜代美は落語を始めた。上下を間違え、セリフをすっ飛ばし、ひたすら喋り続けた。
何とか喜代美は、旦さんが竹に珍味を出す場面に到達した。
「これこれ。この、『豆腐の腐ったやつや』!」

場が凍結した。糸子も異様な空気にうろたえる。暫しの間の後、喜代美は扇子で床を叩き始めた。
「(トントントン)こんにちは!(トントントン)開けとくなはれ!」
喜代美は、竹に迎えが来たことにした。竹が去って、取り残された旦さん。
「ほな、この豆腐の腐ったやつは…。ほかしとこ」
唖然とした空気の中、喜代美は一礼すると逃げるように寝床を出ていった。

草若邸の居間に座り込む喜代美を、糸子は労う。
喜代美は「失敗した。おかあちゃんのせいや」と八つ当たりした。
最後には「落語家なんか無理やったんや」と泣き出した喜代美を、糸子は抱き寄せた。
次に頑張ればいい、と喜代美を慰める糸子。絶対見に来んといて、と泣いて拒絶する喜代美。
糸子は、わかったわかった、見に来ない、と喜代美の背中を優しく叩いた。
そんな母子の姿を見ていた草若は、呼び掛けようとするも、そのまま立ち去るのであった。

 

【第57回】

寝床落語会は、草若の愛宕山で盛況のうちにお開きとなった。
草若は、片付けを終えた喜代美に、修業中に母親に甘えるなどもっての他だ、と苦言を呈する。
喜代美は「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
部屋に戻った喜代美は、声を殺して泣き始める。
草々は壁越しに声をかけようとして、思い止まる。
小浜では帰宅した糸子が、糠床をかき混ぜる手を止めて、思案に暮れていた。

翌朝。喜代美は空元気で立ち働き、「ごはんは…白いですぅ~」などと無理に明るく振る舞った。
稽古部屋では四草が、「誰が若狭を立ち直らせるか、賭けますか」と持ちかけていた。

小草若はプレスリースタイルで、箒を握り締めて尾崎豊を熱唱する。
底抜けの合いの手が入る異様な光景に、喜代美は反応に迷った。
草原は、キセルに見立てた扇子を片手に、喜代美に「定吉」と呼び掛ける。
落語を志した契機を語るうち、バンバンをうなる草原。草々が「あんたも歌うんかい!」と突っ込んだ。
四草は平兵衛の籠を、喜代美に突き出す。「ガンバレ、ワカサ」の声に喜代美の表情が緩む。
四草が勝利を確信した矢先。「ガンバレ、ブス。ムダムダ、オマエツカエヘン」空気が一気に冷えた。
最後の草々は「昨日の高座は、ひどかったな」とぶつける。
「けど、それがお前の実力や。それを認めない限りは前に進めない」の言葉に、喜代美は涙を浮かべた。
草々の自室で、小草若が怒りをぶちまけた。
人がみなお前と同じだと思うな。落語にひたむきでない奴は許さない、そんな態度が昔から嫌いだと。

草若は菊江仏壇店で悩んでいた。
菊江は、女の弟子だからというより、志保がいないことが戸惑いの元ではないかと指摘する。
草若は、喜代美が糸子の胸で泣いていた光景に、叱るより安心してしまったと話す。
そこに咲が、皆して喜代美を甘やかしている、と乱入してきた。
菊江は咲の剣幕に、どれだけ裏切られて生きてきたのかとあきれた。

喜代美は台所で、茶碗蒸しを作っていた。
次の高座までに少しでも上達するために、喜ぃさんと同じものを食べるのだと草々に説明する喜代美。
草々は、手伝ってやる、と卵汁を丼に注ぎ込む。こぼれる汁に声をあげつつ、嬉しそうな喜代美。
草若は「やっぱり、女の弟子は厄介や」と自室に引き上げた。

 

【第58回】

糸子が道端の祠に手を合わせているところに、正平が通りかかる。
喜代美が立派な落語家になれるように百日参りをしているのだ、と糸子。
明通寺がいいのでは、と言う正平に糸子は、神仏はそんなに了見が狭くない、と開き直った。

喜代美は草若から、当分落語会に出なくていいと言われ、顔がこわばる。
草若は慌てて、ちりとてちんを稽古して、人前で話す自信がついたら出ればいいと補足した。
そこに草々が稽古に現れた。演目は、景清だった。

病が元で目が見えなくなった定次郎。甚平は定次郎に知恵を授ける。
かつて平家の悪七兵衛景清が己の目を納めた清水の観音に、百日の間、願をかけてみてはどうかと。
百日め。定次郎の母は、この日のために縫った着物を着せる。帰りにはこの縞柄が見えるようになってくれ、と。
雷雨の中、定次郎の前に観音が姿を現す。観音は母の思いに感じ入り、景清の目を定次郎に貸し与えた。

季節は梅雨どき。糸子は雨の日も、祠に柏手を打っている。
正典と小次郎が工房で暇をもてあましていると、幸助が訪ねてくる。
一緒に三丁町へ繰り出さないか、と幸助。小次郎も、百貨店の手付金があると正典をたきつけた。
かくて男三人は、料亭で芸者遊びに興じる。昔も秀臣に連れられて来たものだ、と正典。
芸者たちは秀臣を誉めちぎる。内心面白くない三人は話題を変え、改めて盛り上がる。
その空気を裂くように、松江と糸子が怒鳴り込んだ。幸助を組み敷く松江。正典も気まずくなった。

寝床落語会当日。清海が聴きに来たが、喜代美の高座がないと知り、帰ろうとする。
せっかくだから兄弟子の落語を聞いてくれ、と引き留める喜代美。
その行為が、後々まで自分を苦しめることになるとは思いもせずに。
草々の景清が始まった。熱演に引き込まれる清海。その視線に、喜代美は言いようのない不安を抱いた。

草々は清海を、マンションの前まで送る。清海は「落語、大好きになりました」と微笑む。
その頃、喜代美は掃除の手を止める。一年前、草々を「あの人、面白いね」と評した清海が、
草々を意識するわけがない。喜代美はそう、自分に言い聞かせていた。
草々が清海を落語会に誘い、清海も素直に了承したことも知らず。
喜代美は稽古部屋で、草々の着物を畳んでいた。

 

【第59回】

夏の縁側を掃除する喜代美は、物売りののどかな声にまどろむ。
急にけたたましくなり、喜代美は驚く。声の主は、ネタを練る草原だった。

清海は草々と出かける間際、庭にいる喜代美に、怪談噺の落語会に一緒に行かないか、と誘う。
喜代美は仕事を建前に断り、二人を見送った。
喜代美の脳内では、劇場内で清海が悲鳴をあげて草々に寄り添っていた。
「大丈夫や」と清海の手を握る草々。見つめあう二人…

「草々兄さん、取られてまうぞ」不意に後ろから四草が話しかける。
策を授けようとして四草は、アイスキャンデーの売り声に、物言いたげな視線を喜代美に投じた。
喜代美はアイスキャンデーを四草に差し出す。「次の落語会に出ろ」と四草。
落語会で客にウケれば、落語馬鹿の草々は絶対喜代美を見直す、と。

喜代美は草若に、唐突かつ意欲的に、落語会への出席を申し出る。
物陰で四草は、愕然とする草原に、ざるうどんをおごれと要求した。
そこに現れた草々は、喜代美を激励し、自身の欠席を告げる。天狗座に尊徳の景清を聴きに行く、と。
喜代美は草々に、天狗座には清海と行くのかと聞く。あかんのかと聞き返す草々に喜代美は、
清海に自分の落語を聞いてもらいたかったから、とごまかす。
草々は喜代美に、ちりとてちんをやってみろ、見てやるからと正座した。
草々はサゲまで聞くと、うなった。悪くはないが、竹が苦しむ様が面白くない、と。

喜代美は寝床で、竹になりきって、冷奴を一口食べて悶え苦しむ。
奈津子は、ちりとてちんにそんな場面があったかと悩む。
喜代美は、初高座の時は間違えたのだと説明した。奈津子は、へしこ丁稚羊羹を思い出して笑い出す。
菊江たちに喜代美は、二年前の事件を語る。糸子の創作デザートに話が及ぶと、一同は爆笑した。
糸子の逸話が何故笑えるのか、喜代美には理解できなかった。

草若邸の電話が鳴り、草々が受話器をとった。清海からだった。ネタを練っても喜代美の心は晴れない。
草若は心配しないでいい、と言う。間違いなく客は笑わない。19歳の女の子がやるネタではない、と。
では何故、と聞く喜代美に草若は、向いてるからだ、喜代美の面白さがいずれ生かされる、と答える。
「いずれ」がいつを指すかも教えてもらえぬまま、落語会当日を迎えた。

 

【第60回】

落語会当日。魚屋食堂の松江は、どこから聞き付けたか、今日は喜代美の高座だと話す。
松江は順子を行かせてやる。順子は友春に、車で連れていってくれと頼んだ。

空模様が怪しい中、草々は天狗座へ出かけてゆく。
小浜では糸子が、ちょうど百日めのお参りで、祠に念仏を上げていた。
草々が天狗座で清海と会った頃、喜代美は空を見ていた。小草若が、喜代美の手から草履の箱を取る。
底抜けに可愛らしいなあ、と喜代美を誉めながら、草履を揃えてやる小草若。
その頃、人通りのない山道で、友春の車がガス欠で止まっていた。
もしや、喜代美に会いたくないがためにわざと? 順子の問いかけを、友春はムキになって否定した。

落語会が始まった。喜代美の挨拶の刹那、雷の音が寝床に響いた。
折しも、小浜にも雷が鳴り渡っていた。稲光を受けて、へしこの目玉が光る。
その光が、喜代美の眼の光と重なった。喜代美はとうとうと枕を話し始める。
芸名の由来、へしこの話。そして糸子の創作デザートの話から喜代美は、噺の本題につないだ。
客席が沸く。舞台袖の草若も、微笑んで喜代美を見つめていた。

終演後、草若は喜代美の枕の、糸子とのいきいきしたやりとりを評価する。
それに比べ旦さん、喜ぃさん、竹に深みがない。落語では、おかしな人間が一生懸命生きているのだと。
あんたと同じや、と言われ、喜代美は正太郎の言葉を思い出した。
「おかしな人間が、一生懸命生きとる姿は、ほんまにおもろい」と。
草若は喜代美に、そういうところを大事にしろ、と説いた。いつか必ず、落語に生かされる時が来ると。

草々は、尊徳の景清のすごさに考え込んでいた。清海は、草々の景清も若々しくて好きだ、と言う。
草々は、草若邸へ電話をかけに立つ。一人になった清海に、尊建が馴れ馴れしく声をかけた。
清海が閉口するところに、草々が戻ってくる。草若の悪口を言われ、草々は清海に行こうと促す。
なおも食い下がる尊建を振り払う草々。尊建が倒れ込む間に、草々と清海は逃げ出した。
神社の木陰に隠れる二人。尊建たちをやり過ごし、肌寒さに震える清海に草々は上着をかけてやった。

喜代美は壁の穴から、草々の部屋を窺う。草々の姿はなく、部屋は真っ暗なままだった。


第11週 「天災は忘れた恋にやって来る」2008/06/09-2008/06/14

 

【第61回】

草々は清海のマンションに通される。清海は自室のハンガーに、濡れた草々の上着を掛ける。
そこに友春と順子が訪ねてきた。居間に入った友春は、上半身裸で体を拭く草々を目撃する。
大人の階段を上ってしまったのか、とうろたえる友春に清海は、慌てて草々を紹介する。
喜代美の兄弟子と聞いた友春は、急にしゃんとして草々に挨拶した。

草々の不在が気になる喜代美は、部屋の扉をノックする。その背後から草々が、ただいまと現れた。
清海を家まで送ったのかと喜代美が尋ねると、草々は友春が来たと言う。
内心で喜んだ喜代美は、高座の成功を報告した。

友春の不在の間に、清海は順子に、友春の相手は大変だったろうと気遣った。
順子は、友春がやっと喜代美を諦めたと伝える。友春の喜代美への長い恋心を知らず、今頃驚く清海。
順子は、周知の事実すら気付かなかった清海の極度の鈍さにあきれた。

草々から座布団干しを頼まれた喜代美は、地味な座布団だと口にする。草々は余計なことを言うなと怒鳴る。
縁側に座布団を置いた喜代美に「ビーコ」の声が聞こえた。格子戸の向こうに、順子がいた。
順子は泣き言を我慢していた喜代美の頭を撫でると、やにわに表情を引き締めて忠告した。
「何があっても天災や思って、乗り越えや」と。

友春は清海に、芸人と親しくするなと釘を刺した。清海は、草々は真面目な人だと反発する。
友春が帰った後、清海は草々の上着を手に取り、じっと見つめた。
その頃喜代美は、縁側の座布団を回収して、温もりに表情を緩ませていた。

小浜の工房。糸子と小次郎が、小梅からの葉書を正典に見せに来る。文面に合いの手を入れる三人。
葉書は、正太郎から受け継いだ塗箸が百貨店の店頭に並ぶことを期待して締められていた。
そこに秀臣が訪ねてきた。秀臣は箸の出来映えに満足して、店頭の一番目立つ所に置くと宣言する。
残りの代金の話も口にした秀臣に、正典は百貨店からの注文は秀臣の仕組んだ話だと悟って愕然とした。

清海は、留守の草々の部屋の前に立っていた。上着を返しに来た、と清海。
預かろうかと喜代美は手を出すが、かたくなに拒む清海。喜代美の胸中に不安が膨れ上がる。
清海は思い詰めた表情で、喜代美に告げた。
「私…草々さんのこと、好きになってしもた」

 

【第62回】

草々への想いを告白した清海に、草々に告白するのかと気色ばむ喜代美。
できるわけない、と戸惑う清海は、草々を尊敬している、こんな男性には初めて会った、と話す。
やはり上着は喜代美から返してくれと、清海は紙袋を喜代美に渡した。

小浜の和田家では、竹谷も交えて事態の説明を求めていた。秀臣は、自分から頼んだのだと言う。
箸の全国シェアの9割を誇る小浜のブランドをアピールするため、伝統若狭塗箸はいい看板になる。
万単位の価格の箸が売れるとは思っていない。500膳の注文は、宣伝費みたいなものだと。
正典は、かつて正太郎を見限った秀臣が、今度は和田塗箸店を金儲けに利用することに怒った。
この話はなかったことにしてほしい、と正典。秀臣は、前金がなければ材料費も危うかったと指摘する。
改めて合併を申し入れる秀臣に、正典は拒絶の意を曲げず、前金はすべて返すからと契約解除を告げた。

草々は、清海が来ていたと聞いてがっかりする。それでも喜代美に、上着を預かってくれた礼を言う。
草々の表情や発言に一喜一憂する。喜代美は自分自身を情けなく思った。

熊五郎は、落語会の問い合わせがたくさん来ていると徒然亭一門に報告する。
四草は草若に、次の落語会で「算段の平兵衛」をかけたいと願い出る。
まだあかん、それより喜代美の面倒をもっと見ろ、と草若。
草々が「お前にはまだ無理言うことや」と叱ると、四草は黙って立ち去った。
正式にはまだ一度も稽古をつけてもらったことがないのだ、と説明する草原。
テープやメモから覚えた落語を高座にかけるわけにはいかない、と草々。
小草若は、自分なら喜代美の面倒をいくらでも見ると言うが、草々に「自分の面倒見ろ」と注意される。
また小競り合いになる草々と小草若。喜代美と草原は必死に二人を止めた。

喜代美は隣室の草々を、清海の告白のコピーでなだめようとする。しかし反応がない。
壁の穴から覗くと、草々はいなかった。
川べりで清海は、草々を呼び止め、草々が目指す落語を続けられるように、とお守りを差し出す。
お守りをしばらく見つめた草々は、清海を強く抱き締めた。
その様子を、草々を探しに来た喜代美が目撃する。視線をそらすことすらできず、立ち尽くす喜代美。
やがて、清海の両手が、草々の背中に回された。

 

【第63回】

草々と清海の交際は早速、寝床の話のタネになっていた。
磯七は、失恋した喜代美を思いやる。熊五郎は、修業を差し引いても清海には勝てないのでは、と言う。
喜代美も可愛いと言えないこともないが、女の子というより未知の生物か、と熊五郎。
振り向くと、丼を返しに来た喜代美がいた。喜代美は気にしないふりをする。
しかし草若邸に戻ると、溜息をついて座り込んでいた。

小浜では糸子が、金策に走る正典に、秀臣に箸を卸してくれないかと頼む。
正典の怒りも分かるが、正平は来年から大学だ、喜代美にも万一のために貯金してやりたい。
お願いします、と糸子は頭を下げた。その様子を廊下から、小次郎が見ていた。

小草若が草々と清海の話題を持ち出した。草原は喜代美を気遣って、小草若を稽古部屋に押し込める。
可哀想だろ、喜代美は草々に失恋したのだと草原は小草若に告げる。
驚く小草若を置いて草原は縁側に戻る。喜代美の横に四草がいた。
年期明けまでに草々と清海が結婚するかも、と四草。草原は、今度は四草を稽古部屋に引きずり込んだ。

草々は、清海の手料理に嬉しそうに舌鼓を打つ。その頃、喜代美は草若とさし向かいで夕食をとる。
茶碗にご飯を山盛りにして膨れっ面の喜代美に草若は、食後に稽古しようか、と声をかけた。
草若は喜代美に「天災」を教える。喜代美は、順子の「何があっても天災や」を思い出した。

喜代美が天災を呟くところに、電話が鳴る。草々は清海との通話に声が弾む。
喜代美は声を張り上げる。草々は、ネタが飛んだと指摘した。
電話の内容は、翌日の待ち合わせの確認だった。喜代美の声が、一段と大きくなった。

喜代美の稽古を見る四草は、腹這いで脚をぶらぶらさせる。やる気のなさに、草原は叱る。
へそを曲げた四草は、平兵衛の稽古を草若に頼んでくれと言って部屋を出る。
草原が喜代美の稽古を見る。わかりやすい指導に喜代美は、草原の面倒見のよさを感じた。

喜代美は奈津子から、和田塗箸店の現状を聞いて驚き、どうして奈津子が知っているのか訝しむ。
奈津子はごまかし、清海の家との因縁に思いを巡らす。
喜代美は、清海の存在そのものが自分にとっての天災だと、
子どもの頃から何も変わらない関係を、大して進化していない頭で考えるのだった。

 

【第64回】

寝床で清海は草々に、東京のテレビ局から新番組のキャスターにスカウトされた、と相談する。
帯番組だから休学することになる、住まいも東京に移る。迷う清海は、また電話する、と帰っていった。
小草若は草々に、今すぐ追い掛けろ、引き留めろ、結婚しろとけしかけた。

喜代美は清海に、東京行きを勧める。夢の実現を建前に、清海を草々から遠ざけようとする喜代美。
店内では一同が、草々に清海との進展を聞く。お泊まりは、チューはとの問いに、首を横に振る草々。
が、「ぎゅーっと抱き締めたことは?」と聞かれた途端、草々はにやけた。
奥手にも程がある、と呆れる咲。草々は、19歳のカタギの娘にいい加減なことはできない、と答えた。

喜代美は草々に清海との遠距離交際を進言するが、草々は無視する。
草原は喜代美に、草々は家族を欲していることを伝える。
3年間、草々が草若の元に居続けたのは、草若や落語への愛情に加え、草若邸が草々の唯一の家だから。
家庭への思いが強いから、遠距離恋愛は望まないのでは、と。
草原は、喜代美に苦言を呈する。自分や四草、草若は3年間に培ったものを捨てて落語家に戻った。
それだけに、稽古に集中しない喜代美に腹が立つ、と。
そして草原は、次の落語会に向けて頑張ろう、と喜代美を励ました。

小次郎は魚屋食堂で、正典の失敗作を勝手に売りさばこうとし、アウトレット販売やと開き直る。
正典は、塗箸のそばで育った小次郎の軽率さに、怒りの拳を振るう。
小次郎は、正典と秀臣に出ていかれた正太郎を見ていたから、苦労はよく分かっていると反発した。
糸子は「ほやけど、見とっただけなんやね」と漏らした。

草々は、清海を自室に招き入れる。稽古していた喜代美は、耳をそばだてる。
東京に行かないでくれ、好きだから一緒にいたい、と説得する草々。清海は、再考する、と帰っていく。
喜代美は涙を拭った。清海が草々の懇願に即答しなかったことに安堵する自分を、嫌悪した。

喜代美は稽古部屋で、また失敗する。草原はとうとう、次の落語会に出るなと言い渡した。
喜代美は草若の部屋を訪ね、破門にしてくれ、と言い出す。草若は耳を疑い、聞き返す。
もはや己を律することもできなくなった喜代美は、「私を破門にしてください」と繰り返すのだった。

 

【第65回】

喜代美は草若に、草々に恋をしてしまったと訴える。そして草々と交際する天災の清海の破局を
望む自分は最低最悪の人間だ。だから破門にしてくれ、と喜代美は懇願する。
草若は、軽々しく破門を口にすることこそ、最低最悪だと叱る。謝る喜代美の目に、また涙が溢れた。
草若は、嫌な、醜い自分と向き合うのも苦しい修業だと説く。
乗り越えれば優しい心を持てるようになり、喜代美の落語を、もっと楽しくしてくれる、と。
そして草若は、清海は野原の夕立と違って話のできる相手だ、
自分と向き合えたら、次は相手と向き合え、と喜代美に語った。

落語会当日。
草若は草々に喜代美の欠席を告げ「天災と決着つけない限り、天災はかけられない」との言葉を伝える。
しかし草々は、その意味を理解できなかった。

喜代美は清海のマンションにいた。清海への苦手意識、ビーコという呼称への嫌悪感を喜代美は明かす。
喜代美の望む全てを持つ清海に、嫉妬を感じていたと。
喜代美は草々への想いを語る。清海を草々から引き離そうと思ったことも。
しかし、それでは草々の前で胸を張って生きられない。だから、と喜代美は続けた。
悔しいが、草々のそばにいてあげてほしい、と清海に頭を下げた。

稽古部屋で小草若は、喜代美の想いに気付かない草々をアホ呼ばわりする。また二人は喧嘩になった。
草原は二人に、公演前に殴りあいする奴は出るなと宣告した。出演者は四草、草原、草若だけになった。

四草は無断で、算段の平兵衛をかける。客席は冷ややかで、四草は青ざめる。
草原は四草に、失敗の理由を自分で考えろと説教する。当てにならない弟弟子に、草原は怒る。
その草原は、しらけた観客をマクラでいじり、笑いをとる。磯七が感心した。
喜代美が戻ったときには、寝床の外まで溢れた立ち見客が、草原の「天災」に笑っていた。
喜代美に草若は、頼りない弟妹の代わりに一度も噛まずに頑張る草原を面白い、と言う。
未熟者のお陰で成長する者もいる。末っ子は、なんぼでも迷惑かけていいのだと。
草原はサゲに入っていた。最後の一文で噛み癖が出たが、惜しみない賛辞の拍手が草原に送られた。
草若は満足そうに「今日の風呂は、よう温もってるな。ヤケドしそうや」と草原に話して、高座に赴いた。

 

【第66回】

正典は、一度だけと心に決めて、秀臣に箸を卸す。正典に頭を下げる糸子。
そこに正平が、慌ただしく二人を呼びに来た。小次郎が書き置きを残して、いなくなってしまったと。
正典は、どうせ帰ってくるだろうとたかをくくるが、糸子は、本気みたいな気がすると言った。

清海は草々に、喜代美が訪ねてきて、東京に行くなと言われたことを話す。
草々の帰宅後、喜代美は清海を追って走った。橋の上でようやく喜代美は追いつく。
東京行きを決意した清海に、草々が好きなら何故、と聞く喜代美。
落語に打ち込む草々が好きだから、自分もやりたいことを、一生懸命やりたいと清海は話す。
そして清海は、喜代美が羨ましかった、敵わないと思うことが沢山あった、と告げて喜代美に抱きつく。
「頑張って、ええ落語家になってね。私もニュースキャスターの仕事、頑張る」と清海。
ビーコには、負けたくないから。そう微笑んで、清海は歩き出した。
喜代美は叫んだ。エーコがいなかったら、こんな道は見付からなかった。ありがとうと。
二人は手を振りあった。それは、「エーコらしい」清海に会った最後、となった。

四草は、草若に説教されていた。何故、平兵衛がウケなかったか。テープで、落語のハラが分かるかと。
草若は、落語は人から人へ伝わったこと、これからも伝えていくことを語る。
お前もその流れの中にいる。それを忘れるな、と草若は諭した。
俄然、目の色が変わった四草は喜代美に、稽古を見てやると言った。

奈津子のマンションに、小次郎がなだれ込んできた。ヒッチハイクで来た、と疲労困憊の小次郎。
小次郎はそれでも、雑然とした部屋に、順調にお宝が増えていると喜んだ。

夜の縁側で草々は「お前、俺のこと、好きなんか?」と喜代美に聞く。
まさか、内弟子修業の身で、と喜代美は作り笑いで否定する。草々も、安心したように笑い出す。
もしそうだったら、喜代美を傷付けていた、よかったと草々は、喜代美の頭にそっと手を置いた。
今度こそ喜代美は、邪念を捨てて落語と向き合う決心を固めた。

2年たって、1995年。
寝床落語会はいよいよ大盛況。徒然亭一門には、それぞれにファンがつくようになった。
順風満帆とも見える徒然亭に思いがけない話が舞い込むことを、この時は誰も予想だにしなかった。

 


第12週 「一難去ってまた一男」2008/06/16-2008/06/21

 

【第67回】

1995年夏、寝床落語会は5夜連続公演を開催した。小次郎もあやかって、屋台を出して稼いでいる。
そしてその儲けで、同居している奈津子と仲良く夕飯を食べに行くのだった。

小浜の正典の箸は、さほど売れていなかった。スペインの小梅には、百貨店の一件を明かせずにいた。
糸子は魚屋食堂でパートを始めた。野口家も他人を雇う余裕はなかったが、快く受け入れてくれた。
糸子は、そんな野口家に何かあった時には、自分が守りたいと誓うのだった。

寝床では、5夜連続公演の打ち上げが行われていた。しかし小草若は一人、暗い顔でビールをあおる。
秋からレギュラー番組を下ろされることになったのだ。後任は尊建だった。
草々は小草若に、酒でごまかすな、落語で精進しろと説き、フリートークでお茶を濁す高座を非難する。
説教する草々に、小草若は草々の座布団を投げて反発する。草々も怒り出して、二人は喧嘩腰になる。
草若は二人を一喝した。
簡単に手をあげる癖がついたらいつか自分の首を絞めることになる。自制することを覚えろ、と。
そこに、鞍馬が現れた。寝床落語会程度で一門復活したつもりか、と鞍馬。
カチンときた喜代美は、鞍馬の前に立ち塞がる。
タンカを切り、寝床への悪口をいさめる喜代美。やり込められた鞍馬は、尻尾を巻いて帰って行く…
というカッコいい自分を妄想する喜代美。慌てて草々が喜代美を引き戻した。
鞍馬は草若に、一門会で出した損害は一門会で返せ、と言う。
そして「12月25日、天狗座で午後7時開演」と言うと寝床を出ていった。
それは徒然亭が待ちわびた、正式な復活を意味する一門会の出演依頼だった。

寝床で一同が沸き立つ時、表では小草若が鞍馬に、感謝の言葉とともに頭を下げていた。
鞍馬は小草若を一瞥して「誰?」と言う。お前なんか知らん、と。
愕然とする小草若。立ち去る鞍馬。その様子を、寝床の前で草々が見ていた。

草若は、天狗座での一門会の成否で喜代美の年季明けを決めようか、と言う。
喜代美は、店内に戻った草々に、弾んだ声でそれを報告する。草々も喜び、喜代美を励ます。
打ち上げは喜代美の前祝に転じた。喜代美も、一門会と年季明けという明確な目標ができ、笑顔になる。
まさかその一門会の前に、草々が徒然亭を去ることになるとは、思いもせずに。

 

【第68回】

喜代美の稽古の最中、隣室から二日酔いの小草若が這い出てくる。草若は自ら介抱する。
弱気の小草若を、草若は「仁志」と呼んで励ます。
お前はおもろい。これからもっと、いいところがでてくる。いい落語ができる。俺には分かる、と。

草原は演目を、鴻池の犬に決める。草々は、初めて聞いた草原の落語も鴻池の犬だった、と懐かしがる。
15~16年前、京都の北の民宿でのことだと草原。そこに小次郎が現れる。
中古物件の売買で一山当てようと目論む小次郎は、草原にその民宿の場所を聞いた。

魚屋食堂では友春が、製作所の工場での単純作業を愚痴り、清海から連絡があまりない、と順子に話す。
東京の番組は半年で終わり、その後の清海の姿を見ることはなくなっていた。

寝床での小草若は、すさんでいた。心配する喜代美に「うるさい、ほっとけ」と当たり散らす小草若。
小草若がまともに稽古せぬまま、時だけが流れた。

季節は秋。草原は、鴻池の犬をさらっていた。
捨てられた兄弟の犬の片方、豪商の鴻池家にもらわれたクロが、みすぼらしい野良犬の弟と再会する噺。
草々は、姿を見せない小草若に苛立つ。夜にテレビ局の最後の飲み会があるから、と喜代美は説明した。

飲み会の主役は尊建だった。小草若と喜代美は蚊帳の外だ。
小草若は、帰宅しようと席を立つ。喜代美はスタッフに袖を引かれ、小草若を見失う。
表には草々がいた。稽古に来い、師匠が待っている、と草々は小草若を説得する。
尊建も表に出て、一門会に出るな、下手な落語をやったらどつぼにはまるぞ、と小草若をからかう。
全員で出るのは草若の意向だ、と草々は言う。
尊建は、親馬鹿だ、もし小草若に才能があると思っているなら、草若も落ちぶれたものだと言い放つ。
草々は拳を握り締めるが、草若の「自制することを覚えろ」をを思い出す。
尊建が「さっさと引退したらええねん」と言った瞬間、小草若が尊建を殴り飛ばす。
気絶して倒れる尊建。「…やってもた」と小草若が呟いた。
これで、親父にも見捨てられる。全部終わりや。小草若は、駆け出した。

喜代美が表に出ると、倒れている尊建を、草々が見下ろしていた。
何でここにいる、何をしたのかと詰問する喜代美。やがて草々は「俺が…殴ったんや」と呟いた。

 

【第69回】

一夜明け、草若邸に柳宝が、尊徳に代わって話をしに来た。
尊建の怪我は大したことはないが、酒の酔いもあって、記憶は曖昧らしい。
柳宝は改めて草々に、お前が殴ったのか、草若を侮辱されたからか、と問う。
草々は、その通りだと認めた。柳宝は言葉を継ぐ。
週末は尊徳と尊建の二人会の予定だったが、代理の弟子を出すか、中止するかという話になっている。
年末の徒然亭の一門会を、尊徳も喜んでいた。誠意を尽して謝ることだ、と柳宝は帰っていった。
喜代美は、この時期に問題を起こして、一門会ができなくなったらどうするのだと草々をなじる。
一門を立て直した草々が、あの程度で我慢できなかったことが喜代美には悔しかった。

謝罪する草若に鞍馬は、土佐屋二人会が中止にしろ代役にしろ、天狗芸能は大損だと愚痴る。
鞍馬は、草若の覚悟を問う。尊徳に義理立てして一門会を中止すれば、二度と天狗芸能には戻れない。
草若がどう出るか見せてもらう、と。

自室で志保の遺影を見つめていた草若は、弟子を稽古部屋に集める。
やがて、小草若以外の全員が顔を揃えた。小草若とは連絡がつかなかった、と喜代美は言う。
草若は草々に、本当にお前が殴ったのか、と聞く。「はい、私が殴りました」と言う草々。
「今日限り、お前、破門や」
突然の草若の言葉に、草原が顔色を変えた。当の草々は、毅然として世話になった礼を述べた。

荷造りをする草々を、喜代美は必死に説得する。
一門会で成功したら年季が明け、ともに草若の落語を伝えていける。だから頑張ろうと思ったのに、と。
草々は喜代美に「一門会、頑張れよ」とだけ告げて、去っていった。

四草が台所で水を飲んでいると、小草若が窓を叩いて呼ぶ。小草若は、草若は怒っているかと聞く。
大変だった、草々が破門されて、との四草の説明に、小草若は驚きの声をあげた。

草々の部屋に集まった兄弟弟子に小草若は、自分が殴ったことを明かす。
何で草々に罪を被せた、何を生意気に算段して、と草原と四草は容赦ない。
喜代美は初めて、草々が自分から罪を被ったことに気付く。
駆け出す喜代美。草々を見付けることができず、橋の上で立ち尽くす。
喜代美は、事情も知らず一方的に草々を責めた己を悔やんだが、もはや取り返しのつかないことであった。

 

【第70回】

菊江は寝床で、小草若が酒に溺れて喜代美に当たり散らすのを嘆く。
磯七は訳知り顔で、小草若の心理を解説する。そこに熊五郎が、草若が草々を破門にした、と駆け込む。
事情通のはずの磯七は、初耳の情報に驚嘆した。

草々は小草若を訪ね、お前は落語をせなあかん、草若も誰よりお前に継いでほしいと思ってる、と説く。
どこに行く、と小草若が聞くと、草々は無理に笑顔を作って「女のとこや」と出ていった。

草々が破門を受け入れた理由が分からない喜代美に、草原は昔の話をする。
16年前。楽屋で草若と草原は、毎回来る少年がそのうち弟子入り志願に来るだろう、と笑っていた。
その年の秋。現れた少年は、室内に上がり込むと草若の座布団に触れた。
少年は、布団職人だった、亡くなった父親が作った座布団なのだと語った。
「座布団を見に来ていたのか」と聞く草原に、落語も聴いていた、と少年は「鴻池の犬」を話し始めた。
初めて聴いた落語をほぼ完璧に覚えていた。草原は、少年の資質に震撼した。
少年に草若は、座布団を持って帰れと言う。
「そのかわり、私の弟子になってください」と、草若は少年に頭を下げた。

中学卒業後、草若邸に来た草々に、仁志は目をそらした。
草若が室内に入ると仁志は、草々の頬をつねってにやりと笑った。草々も、仁志の頬をねじり上げた。
二人とも兄弟ができて嬉しそうだった、と草原。
草々は居場所を失うまいと、落語に打ち込んだのではないか、と草原は推測する。
初高座祝に志保が買ってくれたスーツや、草若からの手拭いと扇子が、草々には家族の証だった、と。
そして草原は、ある出来事を思い出す。
些細なことで小草若と喧嘩した草々は、草若に叱られた後、志保から謝ってほしいと頼んだ。
「小草若は本当の子供やから、許してもらえる。けど、俺は違うから、追い出されてしまうかも」と。
草原は草々の胸中を慮り、草若に実子を破門させてはいけないと思ったのだろう、と語った。

喜代美が、草々の部屋の段ボール箱を開けると、スーツがあった。
家族の証のスーツを、草々が捨てていった。喜代美は、スーツを抱き締めた。
ドアの外に、人の気配がした。草々かと喜代美は駆け寄るが、入ってきたのは、憔悴した小草若だった。
突然、小草若は喜代美に抱きついた。

 

【第71回】

喜代美は小草若を突き飛ばした。弁解するうち、小草若の頬に涙が伝った。
寝床で小草若は喜代美に、草々が現れて以来、ずっとイライシャ・グレイの気分だった、と言う。
真相を草若に伝えるつもりの小草若に、喜代美は待ったをかける。
草々は志保から贈られたスーツを置いて去った。落語とも草若とも決別するつもりだと。
なれば、残された自分たちが草若の落語を継ぎ、草々抜きの一門会を成功させねばならない、と。
そしえ翌日、草原は小草若に、鴻池の犬をやるように言った。

地図を手に歩く小次郎は、草原から聞いた物件を発見できずにいた。
小次郎は、見覚えのある背格好の工事作業員に目を留めるが、そんな訳ないなと立ち去った。
その作業員は、小次郎の直感どおり、草々だった。

尊徳は草若に、尊建も回復し、日を改めて二人会を開催することになった、と報告する。
稽古部屋では小草若が、魂の抜けた顔で鴻池の犬を稽古していた。
不安を感じた草原は、中トリを自分が務める、と言うが、四草は、華がない、と不服そうだ。
草原は頭に来て声を荒らげた。喜代美は、草々の分まで頑張ろうと決めただろう、と仲裁に入る。
四草は「無責任や」と呟いた。草々が自分たちを呼び集めたのに、なぜその草々がいないんだ、と。
その頃、草々は、あばら屋になり果てたかつての民宿で、座布団を枕にして、体を横たえていた。

小次郎は土産の温泉饅頭を一門に配り、草々に似た人を見掛けたと言う。
どこで、と食い付く喜代美。小次郎は地図を出して説明する。
喜代美は竹箒を小次郎に押し付ける。草若が、どこ行くんやと尋ねた。
草々のところだ、と答える喜代美に草若は、あいつは破門だと言う。
喜代美は、草々は殴っていないこと、殴ったのは小草若であり草々はそれをかばったことを明かす。
兄弟子たちが一斉に、そりゃないで、お前が口止めしたんだろうと抗議した。
気が変わりました、と喜代美はきっぱり言う。
草々がいなければ、一門はまとまりを欠く。草々抜きの一門会など意味がない、と。
草々が殴っていないのは分かっていた、と草若。が、草々は嘘をつき、騙した。いずれにしろ破門だと。
喜代美は、草々を連れ戻すと宣言した。草若は、行けば喜代美も破門だと告げた。
それでも喜代美は踵を返し、走り始めた。

 

【第72回】

草々は、座布団に噛みついていた野良犬を追い払う。が、座布団は破け、綿がはみ出していた。
あばら屋に戻った草々は、折から降り出した雨に濡れた体のまま横になった。

草若邸では小草若が、尊建を殴ったのは自分だから草々の破門を取り消してくれ、と草若に頭を下げる。
夜、小草若は遠い目で「鴻池の犬」を唱える。兄弟犬が鯛の浜焼きを前にする場面だった。
ふと、草々の初高座をご馳走で祝った光景がよぎる。草々が鯛に箸を伸ばしたとき、
小草若は横取りするように鯛に箸を刺した。喧嘩する二人に草若は「破門するぞ」と叱った。

地図を頼りにあばら屋に着いた喜代美は、熱を出して横たわる草々に気付く。
喜代美は草々を起こそうとするが失敗し、草々は喜代美に膝枕される格好になった。
熱に浮かされる草々は喜代美の手をつかみ、「おかみさん」と呼び掛ける。
おかみさんから、師匠に謝ってください。小草若はほんまの子供やから、きっと許してもらえる。
そして草々は、俺は追い出されるかもしれん、また一人になってしまうと涙声になる。
喜代美は、一人にはさせない、私がそばにいる、と草々に囁きかけた。
朝、目覚めた草々に喜代美は、草若の元へ帰ろうと言った。
帰れるわけないやろ、と言う草々に喜代美は「大丈夫です。一人にはさせません」と微笑んだ。

突然、柳眉が草若邸を訪ねてきて、草原と四草は驚く。柳眉は、背後の尊建を呼んだ。
居間で尊建は草若に、草々の破門を解くよう頼んだ。
「人の弟子をどついた奴をなあ…」と、草若はまだ煮えきらない。
突然、四草が草原を殴った。四草は草若に「人をどつきました。破門ですね」と視線を向けた。
意図に気付いた草原が、四草を殴り返す。「僕もどつきました。破門ですね」
その時、喜代美が帰ってきた。草々も、座布団を背に庭に入ってきた。
草若は足袋のまま庭におりると、草々の頬を打った。
なんであんな嘘をついた、いつまでも他人みたいに遠慮して。ちっとは親の気持ち、考え!
草若の言葉に、草々は涙を流す。草若は「俺も、殴ってしもた」と穏やかに言うと、草々を抱き寄せた。
草々は、声をあげて泣き始めた。他の弟子も、それぞれ泣き顔で草若と草々を見つめていた。
こうして徒然亭一門は、全員揃って暮れの天狗座に出演できることになった。


第13週 「時は鐘なり」2008/06/23-2008/06/27

 

【第73回】

喜代美は小浜の実家に電話で、天狗座で一門会を行い、そこで成功したら年季明けになることを伝える。
糸子は詳しい話を聞きたがるが、喜代美はそっけなく電話を切った。

掃除する喜代美を見つめる草々は、あばら屋で「一人には、させません」と微笑んだ姿を思い出した。
喜代美は草々に気付いて挨拶する。草々の手にはゴミ袋があった。
捨てといてくれ、と草々は立ち去る。中には、穴のあいた座布団があった。

喜代美が破門された、と小次郎から聞いた奈津子が喜代美の部屋に飛び込んできた。
座布団の穴を繕う喜代美に奈津子は、縫い物で男の気を引く作戦か、ボタンつけ女、と目付きが変わる。
メジャーをムチのように振るって、自分の世界に入り込む奈津子。
喜代美は慌てて、この座布団は草々の故郷なのだと説明した。

一門会当日。喜代美は紙袋に入れた座布団を楽屋に持ち込んだ。
いつもの座布団は、と聞く草原に草々は、自分には草若がいるからあの座布団は不要だ、と答える。
喜代美は、出そうとした紙袋を再び戻した。

大入りの客席を見た喜代美は絶対無理、年季なんか明けなくていい、とパニック状態に陥る。
あきれる草々に対し草若は、ずっと内弟子でいればいい、と受け流す。
草若は弟子たちに、よくみんな揃ってまたここに戻れた、としみじみと語る。
6年前にいなかった喜代美には、3年前に庭に現れた子が一緒に高座に上がるとは、と感慨深げに話す。
あんたがいなければ俺は3年前の、飲んだくれのオッサンのままだった。
優しく笑いかける草若に、喜代美は涙を拭って、背筋を伸ばした。

前座に登場した喜代美は、自分だけを照らす天井のライトをしばし見つめた。
やがて喜代美は小拍子を鳴らし、ちりとてちんを話し始めた。
喜代美は、年季明けにこだわりはなかった。ただ、自分を辛抱強く見守ってくれた人たちに、
人生の真ん中をどーんと歩いている姿を見せたい、とだけ思って噺を進めた。
客席の正典や糸子も、喜代美が反発して小浜を出ていった頃を思い返しつつ、聴きいっていた。

喜代美の落語が終わって拍手が送られる頃、草々は楽屋で、紙袋から覗く見覚えのある物体に気付く。
見るからに不器用な継ぎ当てが施された座布団を、草々は見つめていた。

 

【第74回】

天狗座での一門会、二番手の四草は、中国語で一席やる、と客を驚かせてから、崇徳院をかけた。
小草若は、寿限無だけではない、と鴻池の犬を始める。
喜代美には相変わらず下手な落語に思えたが、草々は涙を流していた。
草々の出番直前、高座には、喜代美が繕った座布団があり、喜代美は草々を見やる。
お囃子が響くと、小草若が草々を送り出すように、肩を叩いた。
舞台に上がった草々は、辻占茶屋を演じる。その姿を舞台袖から、尊建と柳眉が見つめていた。

中入り、楽屋でお茶をいれる喜代美に、座布団を手にした草々が「まち針が刺さってたぞ」と言う。
驚いて謝る喜代美に草々は「うそや」と笑い、ありがとうと礼を言った。

草原は、はめものも華やかに、蛸芝居を堂々と演じた。客席の緑は笑いつつ、目に涙を浮かべる。
トリの草若が舞台に臨むのを、5人の弟子は袖から見守る。反対側の袖には、尊徳と柳宝がいた。
客席の最後方からは、鞍馬が視線を送っていた。
草若は客席に6年前の不義理を詫び、時が遡ったかのように愛宕山を演じた。
こうして、一門会は盛況のうちに幕を下ろした。

寝床での打ち上げで、糸子は草若に、喜代美の年季明けがどうなるのかと詰め寄る。
正典はたしなめるが「年季明けできなかったら闇打ちを仕掛ける」と発言したことを糸子に暴露される。
草若は、闇打ちされたらかなわん、と年季明けを宣言する。
喜代美は、闇打ち怖さに年季明けを許されたように思えて釈然としない。
草若は「大晦日の晩、除夜の鐘が鳴り終わったら年季明けだ」と念を押す。大晦日は喜代美の誕生日だ。
昭和48年の大晦日。病院の廊下のテレビでは、紅白歌合戦で五木ひろしがふるさとを歌っていた。
それを見ていた糸子は産気づき、ストレッチャーに載せられて運ばれた。
糸子は、喜代美が生まれたことで糸子と正典が本当の家族になれた、二人のふるさとができたと語る。
喜代美にも、ふるさとは小浜だけではない、一人前の落語家になったら大阪もふるさとになると説く。
ふるさとというのは、ただ生まれた場所をいうのではない、こうして自分で作っていくものなのだと。

気分が高揚する喜代美に草若は「そろそろ、次に住む部屋のことを考えとけ」と声をかけた。
年季が明けたら内弟子部屋を出ていかなあかん、と。

 

【第75回】

喜代美は自室の壁の前に座り、草々の隣室から離れる不安と寂しさを痛感する。
時を同じくして、草々も壁の穴を見つめていた。

寝床で草々は、一旦は近所のアパートに転居し、志保が病気になって内弟子部屋に戻ったと明かす。
磯七の話に年季明けの貧しさを思い出し、兄弟子たちの表情が暗くなる。
あの日々を思い出したくもない、と草原。一回500円の報酬の、落語会の手伝いが主な収入源だったと。

草若は座布団を干す草々に、それは喜代美が縫ったのかと尋ねる。
肯定する草々に草若は、あいつが出ていったら寂しくなるな、と漏らした。

喜代美は不動産屋の物件ファイルを繰るうち、2LDKのリビングで草々が朝刊を読む姿を妄想する。
傍らで紅茶をいれるフリルのエプロン姿の喜代美。二人は笑顔を交わす…
「こんなとこ住めるわけないやろ!」草々の一喝で、喜代美は現実に戻った。
不動産屋は、家賃2万円ではトイレ共用の中古しかないと物件を見せる。
草々は「次行くで」と出ていく。喜代美は慌てて、草々の後を追った。
草々は、あんな物騒なところに住まわせられるかと怒っていた。
駄菓子屋で草々は喜代美に、好きなものを選べ、年季明け祝いだ、と言う。喜代美はイカ串を手にした。
舌を噛んではべそをかき、美味しいと言ってはまた笑う喜代美に、草々もつられて笑った。

奈津子は喜代美に、かけ出しの頃の苦労を話す。空腹よりつらいのは暇な時間だった、と。
自分の体験を語った奈津子は、強い意思がなければ一人では乗り越えられない、と告げた。

仕事を待ち毛布にくるまる喜代美。天狗座からの出演依頼の電話が入り、喜んだ喜代美は倒れ込んだ。
新聞に大きく報じられる、『女流落語家、孤独な死/止められた電話の受話器握り締め』の記事…

悲鳴を上げ、喜代美は飛び起きた。
隣室から草々が「大丈夫か!」と呼び掛けた。喜代美は、壁の前に座った。
家賃は払うから、このままここにいてはいけないか。ここを出て一人になるのが怖い、と喜代美。
しばしの沈黙の後、草々は「あかん」と答える。意地悪でなく、兄弟子として言うのだ、と。
喜代美は、弱音を吐いたことを謝罪し、おやすみなさいと語りかけた。
喜代美は、薄い壁に隔てられた兄弟子と妹弟子の距離を果てしなく遠く感じるのであった。

 

【第76回】

草若邸は年末の大掃除を迎えていた。小草若は喜代美に、自分のマンションに来ないかと提案する。
腰が引ける喜代美に小草若は、仕事が減ってローンが厳しいのだと本音を漏らす。
今後は落語に本腰入れようと思う、喜代美とともにつらい時期を乗り越えたい、と小草若は話した。

喜代美に相談された菊江は、草々の思いを確かめろと言う。修業中だから、と喜代美は建前を口にする。
咲が割って入った。修業を振りかざす喜代美に苛立つ咲は、男こそ修業だと断言する。
咲は喜代美に、小草若から同居を誘われたと草々に言ってみろとけしかける。
草々が喜代美を好きなら、慌てて反対するはずだ、と。

草々は喜代美に、住むところはどうするのかと尋ねる。喜代美は、小草若の申し出があったことを話す。
草々は、小草若も喜代美もいい落語家になってほしい、そのためお互いが必要なら同居もいいのでは、と言う。
喜代美はしばしの間の後、よくわかりました、と感情を抑えて答えた。
草々はいつも落語が命、落語と結婚しているみたいだ、と言い放つと、喜代美は走り出した。
門を出たところで喜代美はつまづき、転倒する。
草々にとって自分は妹弟子でしかないと痛感し、涙をこぼす。そこに小草若が現れた。
べっぴんさんが台無しや、と小草若はハンカチを差し出す。喜代美は、お世話になってもいいかと聞く。
小草若は地べたに腰を下ろし狼狽を隠して、当たり前や、なんぼでもおったらええと明るく答えた。

荷造りをする喜代美の部屋に、草若が来た。草々を好きだったのではなかったか、と草若。
口ごもる喜代美に草若は、年季明けの時期をどうもがくか楽しみにしていたが、と言う。
おもろいことはおもろいが笑えん。苦しみの後の喜代美の笑顔を想像できない、と草若は首を振った。

草々は駄菓子屋で、イカ串を買う。500円玉を出し、瓶ごと持ち帰る草々。
部屋の前で、風呂から戻った喜代美と草々は顔を合わせるが、一言も発さずそれぞれの部屋に入る。
喜代美は壁にもたれて、何をしている、と草々に問う。草々は、イカ串食ってると返す。
お前は、と、座布団を抱えつつ草々は喜代美に聞き返す。引っ越しの準備してます、と喜代美。
壁を挟んで背中合わせの二人は、真意を伝えられぬまま大晦日を迎えようとしていた。

 

【第77回】

1995年の大晦日、ゴミ捨て場で喜代美が目にしたのは、繕ったばかりの草々の座布団だった。

夜、小浜では年越し蕎麦を茹でる糸子に正平が、紅白歌合戦が始まる、と声をかけた。
寝床では忘年会、喜代美の年季明けと誕生日を名目に、乾杯が続いていた。
喜代美が一人前になることを、磯七や菊江がしみじみと語らう中、喜代美の表情は不安で暗くなる。
ついには「落語家になんか、ならなかったらよかった」と呟く喜代美。
今さら何を言う、自分から落語家の道を選んだだろうと草々が声を荒らげる。
喜代美は、ここに住めと言った草々が今度は出ていけと言うのか、と食ってかかる。
草々のせいで最悪の誕生日だ、と喜代美は当たる。なぜ、あの座布団を捨てたのかと。
喜代美が勝手に拾って縫ったのだろう、と草々。見たくないから捨てたのだ、と草々は怒鳴る。
お前が出ていくのに、お前が縫った座布団を見て暮らしたくないからだ、と。
店内の空気が止まった。
あの薄い壁の向こうで、いそいそ引っ越しの準備なんかして、と草々。
草々が何を考えているのか、あの壁が邪魔で何も見えない、と喜代美。
「俺は、ほんま、お前」草々の声に重なるように、除夜の鐘が鳴り渡った。
「わたし…ずっと草そ」喜代美の声を遮るように、除夜の鐘がまた響いた。
気まずくなった一同は帰っていく。最後尾の草若は「内弟子修業中は、恋愛禁止やで」と念を押した。

天満宮の石段には、小草若がうつむいて座っていた。目の前に、四草が「僕の勝ちでしたね」と立つ。
年越し蕎麦やろ、と無気力な声で確認する小草若。四草は「…おごりますよ」と小草若を見やった。

小浜では糸子と正典が、喜代美の今後に思いをはせていた。糸子はゆっくりと、ふるさとを口ずさんだ。
部屋に座る喜代美。時計は零時15分を指していた。ふいに、物騒な物音が喜代美の耳に飛び込む。
草々が、壁に向かってダンベルを振るっていた。ひびが広がり、穴があく。
草々は壁に渾身のひと蹴りを食らわした。壁土がふっ飛び、視界が開ける。
草々は喜代美の部屋に入り、喜代美を腕に包む。
「今日からお前が、俺のふるさとや」草々の言葉に、喜代美は涙を浮かべる。
草々は喜代美を見つめる。涙が流れて止まらない喜代美。草々は改めて、喜代美をしっかりと抱き締めた。


第14週 「瀬戸際の花嫁」2008/07/04-2008/07/05

 

【第78回】

1996年1月3日。喜代美は白無垢を着て座っている。
母屋では、草若と正典・糸子夫婦が草々と喜代美の結婚を祝う挨拶を交わしていた。

離れに訪ねてきた順子に喜代美は、嫌な予感がすると表情が暗い。
順子は、いつ草々と深い仲になったのかと聞く。今年明けてすぐ、と喜代美は説明を始めた。

深夜、草々は、いつ結婚するかと聞く。戸惑う喜代美に、結婚の意思はないのかと草々はがっかりする。
結婚する、と慌てて答えた喜代美を、草々は嬉しそうに抱き締めた。

元日。寝転ぶ草若に草々は結婚を決意したことを伝える。
いつ結婚するのか、と問う草若に草々は、できるだけ早く、と答えた。
壁を壊したことを白状した草々は、同じ部屋に住むなら結婚しないといけない、と述べた。
両親の許しをもらわないと、と言う喜代美に草々は、今から挨拶に行く、と立ち上がった。

小浜の居間で、草々は結婚を報告する。糸子はあっさり賛成し、うろたえる正典に何が問題だと聞く。
年が若いこと、と代わりに正平が言う。糸子は、喜代美の年齢の頃には喜代美を生んでいたと答える。
付き合って日が浅い、と正平。糸子は、兄弟子として3年、喜代美の至らぬ面を見ていた草々だ、と言う。
そんな彼が結婚を決意した、結構だとの糸子の意見に、正典も納得した。一同は式の日取りを考える。
家族はめいめいに都合を口にし、1月の大安のうち空いている3日に決定した。
草若邸で報告すると草若は、めでたくて酒を飲む。正月と同じ。まとめてやればいい、と同意した。

順子は、喜ばしい話だと励ますが、何かある、落とし穴が待っている、と繰り返す喜代美。
草々はどこだ、朝から見ていない、とやって来た草若に、喜代美はこれが落とし穴だと思い込む。
白無垢姿のまま「私は逃げられた花嫁なんや」と飛び出す喜代美。
その時、草々が兄弟弟子とともに帰宅する。独身最後の夜、四人で飲んで寝過ごしたのだ。
正典は、いい加減な男との結婚は中止だと怒る。草々は泣き顔の喜代美に謝る。
違う、と喜代美。このままスムーズに進んだら今後が心配だった。正典に反対されて安心した、と。
心配するな、と草々。これから俺がいっぱい心配かけたる、と言われ、喜代美は笑顔になった。

こうしてようやく、新郎新婦が揃い、式を迎えることとなった。

 

【第79回】

喜代美と草々の結婚式が始まった。草々の誓いの言葉に続いて、略式の三々九度を行う。
次いで、熊五郎と咲は酒宴の作業にかかった。

これで若狭も人妻ですね、と四草は小草若に言う。
小草若は、それはそれで燃えるなあ、と四草の膝枕で悶え始める。
あきれつつも、されるがままの四草。草原も仕方なさそうに小草若を見た。

奈津子は喜代美に、交際の過程を楽しむ時期がなかったことをもったいないと言う。
緑は異論を唱える。早く一緒になり、三歩下がって夫を立てるのが芸人の妻だと。
草々の帰りが遅くとも、肉じゃがを準備して待つように、と助言する緑に、奈津子は敵意を露にした。

険悪な空気に、「喧嘩すな!」と幸助が乱入した。喜代美の婚礼に焼鯖を、と幸助は鼻息も荒い。
熊五郎は、今日の膳は寝床が任されているのだと宣言する。
負けてはならじと幸助と松江も、台所へ向かった。

小梅が、スペインから飛んで来た。綺麗な花嫁さんや、との小梅の言葉に、喜代美の目に涙が浮かぶ。
和装にスペインのマントンを合わせた、小梅の粋な着こなしに、女性陣から感嘆の声が飛んだ。
友春が現れた。私には草々兄さんが、と言う喜代美に目もくれず友春は、順子を背後から抱きすくめた。
俺はお前に叱ってほしいんや、と友春は熱っぽく順子に語る。
喜代美を一瞥すると「お、結婚おめでとう」と一言で片付けた。
台所から戻った幸助は、娘に抱きつく友春に怒鳴り散らした。
座敷はめちゃくちゃになった。主役のはずがすっかり存在が薄くなった喜代美は、縁側でたそがれる。
糸子は喜代美に、これだけの人たちが正月早々、あんたらの結婚式に駆け付けてくれたのだと諭す。
糸子は、皆に感謝し、誇りに思えと言う。いい人に囲まれて、草々といういい人と人生の門出を迎える。
それは、喜代美が一生懸命生きてきた証なのだと。
そして糸子は改めて、おめでとうと喜代美を抱き締めるのであった。

夜。喜代美は、畳の上で普段着のまま眠る草々に毛布を運ぶ。
毛布をかけるついでに、草々の隣に横になる喜代美。草々は、寝返りを打って喜代美に背を向ける。
喜代美の反応を知ってか知らずか、再び寝返りを打った草々は、喜代美を腕に包むように眠る。
その寝顔に、喜代美もふっと笑顔になるのであった。


第15週 「出る杭は浮かれる」2008/07/07-2008/07/12

 

【第80回】

草々は喜代美に、婚姻届を渡した。喜代美は、新郎欄の見知らぬ名前に拒否反応を示す。
草々はその名前、青木一は自分の本名だと言う。喜代美は、出席番号が1番だったのではと羨ましがる。
和田はいつも末尾だったとひがむ喜代美に草々は、これからは青木だからいいだろうと言う。
喜代美は今度は、青木喜代美では語呂が悪いと愚痴る。いいから早く書け、と草々は促した。
ちょっと出かける、と言う草々に喜代美は、夕食に何を食べたいか聞く。
一瞬言いよどんで草々は、おかみさんが作ってくれたオムライス、と言った。

喜代美は台所で、草原が志保仕込みのオムライスを作るのを、メモをとりつつ見学する。
草若が家賃の前払いを要求する。喜代美が金を渡すと草若は、「新地で飲める」と草原と共に出かけた。

糸子は喜代美に電話で、家計簿はきちんとつけているかと聞く。
献立は計画を立てろ、段取りは昔から苦手なのだから、と口うるさい糸子に、喜代美は電話を切る。
三年も内弟子修業をしていたのだ、段取りぐらいできると喜代美は冷蔵庫を開けるが、卵がない。
買いに行こうとしたところに、四草が現れた。

寝床で喜代美は、四草に食事に誘われるのは初めてだと喜ぶ。
にやりとした四草は「ごちそうさまでした、若狭ねえさん」と帰ってしまう。
喜代美は、800円のお会計を払ったら10円しか残らないと愕然とする。
熊五郎は仏心を出そうとするが、咲は、貧しくてもやりくりするのが奥さんの仕事、と諭した。

喜代美はチラシの裏に罫線を引く。罫線の間隔を電卓で弾き出す喜代美。
喜代美は、糸子が電話で喜代美の献立表を劇的だ、主婦の鑑だと絶賛する光景を夢想する。
草々に声をかけられた喜代美は、表を作るだけで疲れて眠ってしまった、と慌てて夕食の支度にかかる。
それを制して草々は、商店街で結婚祝にもらった、とたこ焼きを出す。
喜代美は、颯太からの結婚祝カードを草々に見せる。「らくごがんばってね」の一文に目をとめる草々。
二人で暮らしていけるだろうか、と不安になる喜代美を草々は、俺の落語で食わしたる、と励ます。
婚姻届は出したのか、と草々。まだだ、一緒に出しに行きたいからと喜代美は答えた。
そうしよ、と言う草々に喜代美は、どんな苦況も二人で乗り越えられる気が、この時はしていた。

 

【第81回】

喜代美は今日も、オムライスを作ろうとして卵を焦がしている。
草々は、天狗座に出かけると言う。出演予定者が急病になり、代役に出ろと連絡が入ったのだ。

楽屋で草々は、柳宝に挨拶する。せっつかれて喜代美は「青木の妻でございます」と頭を下げる。
違う、と叱られて喜代美は、今日は勉強させてください、とまた頭を下げた。
その日の柳宝の演目は、二人ぐせだった。粋な語り口に、会場は笑いと拍手が沸いていた。

草々は、二人ぐせを柳宝に習いに行こうかと言う。他の師匠に習ったら破門では、と喜代美は危惧する。
落語は皆のもの。自分の弟子にしか稽古をつけない了見の狭い師匠はいない、と草々は説明した。
そして草々は、出演料を喜代美に渡す。一万円札に、喜代美は驚く。
たった20分の一席で一万円なら時給3万円。8時間の労働なら日給24万円。
25日で月給600万、年収7200万円!と興奮する喜代美を、草々は「アホか!」と一喝した。

家計簿をつけつつ「やっていけるんやろか」と呟く喜代美に草々は、その口癖はやめろと言う。
草々は「勝手にせい」と怒鳴る。喜代美は、その一言は堪えると言う。
草々は、その言葉をお互いに口にしたら、百円の罰金を払おうと提案する。
早速「やっていけるんやろか」と呟いた喜代美に、草々はイカ串瓶を差し出した。

喜代美は、百円玉で満杯の瓶を草々に見せる日を妄想する。
草々は瓶をむしり取ると「お前に用はない」と喜代美を捨てた。
喜代美は妄想の路線を転換する。トンズラしたと思った草々が戻ってきて、喜代美に指輪をはめる。
ダイヤの指輪の輝きに、喜代美はうっとりした。

「喜代美ちゃん」小草若の声に、喜代美は現実に引き戻される。
小草若は、新婚生活はどうだと聞く。言葉に迷う喜代美に小草若は、うまくいかないなら別れろと言う。
違う、主婦って大変なのだなと喜代美。小草若は、志保も苦労していたことを思い出す。
売れない頃は、夫婦喧嘩もしばしばだった、と。

天狗芸能から徒然亭に、ワイドショー出演依頼が舞い込む。草若は、一門揃って出てほしいと言う。
喜代美は、自分にも出演料がもらえるのかと聞く。そらそうや、と即答する小草若。
全員、異論なし。そのテレビ出演は、草々と喜代美の関係を大きく揺るがすものとなるのだった。

 

【第82回】

糸子と竹谷は、正月に小梅が百貨店の箸売り場を見たがった時のことを話す。
言葉を濁した一同は、正直に言えと凄む小梅に圧倒され、経緯を明かした。
話が消えて落胆し、依頼元が秀臣と知って怒った小梅の顔を思い出し、竹谷は震え上がる。
糸子は、それ以来正典が根を詰めている、と言い、正典の箸は正太郎の域に達するかと竹谷に聞く。
竹谷は答えに渋り、糸子こそやりくりが大変なのでは、正平の大学もあと2年あるし、と言う。
糸子は、喜代美も独立したし大丈夫だと答えた。その会話を、正平は物陰で聞いていた。

徒然亭がテレビ出演する日。小次郎は朝食の支度も慌ただしく、奈津子を起こす。
画面には勢揃いする徒然亭一門。レポーターは草若に、現在の気持ちを問う。
「ねむたい」と草若。コメントに困り、レポーターは草原に話を振る。
苦難の日々を思い出し、緑の名を連呼して号泣する草原に、妻を亡くしたのかと戸惑うレポーター。
意気込みを聞かれた草々は、高座を見に来いとカメラに接近し、画面には草々の顔が大映しになる。
場をとりなそうと前に出た小草若は「底抜けは無しで」のフリップに、わなわなと後退した。
四草は、肩に手を置くレポーターに「触るな、ブス」と言い放ち、空気を凍らせる。
収拾がつかず、レポーターは中継を終了させる。名前すら呼ばれず、喜代美は慌て出した。
私だって徒然亭一門だ、出演料はどうなると騒ぐ喜代美の映像に、奈津子と小次郎は顔を見合わせた。

草々は喜代美に、志保を引き合いに出し、品性を保てと説教した。喜代美は、順子への電話で愚痴る。
順子は、夫婦で同じ目標持って生きられるのは幸せなことだ、といらついて電話を切る。
魚屋食堂に友春が現れた。敵意も剥き出しに、追い出しにかかる幸助。
友春とは何もないのか、噂が立ったら困る、と松江は順子に確認した。

社長室に草若を呼びつけた鞍馬は、いつになく上機嫌で、喜代美を面白い、と評価した。
数週間後、正平は喜代美を訪ねる。部屋にいた草々は、喜代美は仕事だと言う。
テレビでは喜代美が、天狗座の楽屋で天狗トリオを紹介していた。
右往左往する喜代美の姿に、タレントになったのかと驚く正平。
草々は自分にも言い聞かせるように、落語家にもこういう仕事が来るのだと説明するのだった。

 

【第83回】

草々はテレビを消す。正平は、話を聞いてもらいたかったがいいやと、帰ろうとする。
草々は呼び止め、お兄さんに話してごらんと言う。正平は笑みを漏らした。
その頃、糸子は掃除の最中、正平の本に挟まれた英語のパンフレットを見付けていた。

正平は、恐竜博物館の学芸員になりたいのだと明かす。それはいい、大賛成だと即答する草々。
正平は、そのために博士号が必要だが、日本ではとれないのだと言葉を継ぐ。
海外留学したいが、そんな金は家にない。正典にこれ以上負担をかけさせるわけにもいかない、と正平。
心配させたくないから喜代美には黙っていてくれ、と念を押して、正平は帰っていった。

ラジオ番組のアシスタント、テレビの街頭インタビューと、喜代美の仕事の種類は増える一方。
喜代美の番組をかける寝床で草々は、一人の食事を終えて帰っていく。
菊江は、同業の夫婦で妻の方が稼ぐのでは、男は素直に喜べないだろう、と分析した。

魚屋食堂では、クイズ番組で一人だけ誤答を出す喜代美に、糸子がテレビに向かって叱っていた。
活躍しているからいいではないか、今度サインが欲しい、と糸子をなだめる幸助と松江。
糸子は順子に、ポケットからメモを出して意味を教えてくれと言う。
そこには「UNIVERSITY」と書かれてあった。大学や、と順子は答えた。

草々が二人ぐせをさらうところに、喜代美が興奮気味に帰宅する。
天狗芸能から初めて給料が振り込まれた、と喜代美は通帳を取り出し、その残高の多さに戸惑う。
新婚旅行に行こうと言う喜代美に草々は、小浜の家に送金しなくていいのかと聞く。
電話をかけに立った喜代美は、仕事先でもらってきた弁当を草々の前に置いていった。

喜代美は糸子に振込先を教えてくれと言うが、糸子は気持ちだけありがたくいただくと固辞する。
仕送りしたい、親の言うことを聞けと押し問答になり、腹を立てた喜代美は電話を切る。
糸子は「UNIVERSITY」のメモを手に、やはりもらえばよかったかと後悔した。
ぷりぷりして喜代美が部屋に戻ると、手付かずの弁当のみが置いてあり、草々の姿がなかった。
喜代美は首をひねると、通帳を再び開けて笑顔で残高を見つめた。
その頃から、喜代美の「やっていけるんやろか」も、草々の「勝手にせえ」も、影を潜めるようになった。

 

【第84回】

喜代美が街頭アンケートを務める番組を、兄弟子たちは落花生をかじりながら見ている。
小草若は草々に、喜代美のタレント活動に苦言を呈しないのかと意地悪く言う。草々は黙って立ち去った。

小次郎は喜代美を、奈津子のマンションに連れ込む。室内には中年女性の集団。
小次郎は、握手は100円、サインは400円だと場を仕切り、喜代美に若狭の「わ」と書け、と指示した。

帰宅した喜代美は草々に、夕飯は外食にしないか、プロデューサーと行った店が美味しかった、と言う。
タクシーで行けばすぐだと言う喜代美に、草々は浮かない表情で断り、部屋を出ていった。

テレビ局の喜代美の元に烏山がやって来て、落語番組に徒然亭から一人出演してもらう、と言う。
やはり草々だな、と言う烏山に、淡い期待を抱いた喜代美は表情を曇らせた。
連絡を受けた草々は、演目を二人ぐせに決め、気合も十分に稽古に赴いた。

正平は和田家の居間で、かつて箸の端切れで作った恐竜像と向き合っていた。
正典の怒声が飛んできた。正平は工房の入り口で、正典と糸子の口論を目撃する。
製作所との合併を願い出る糸子に、秀臣の仕打ちを忘れたのかと正典。
一人で箸を作っても正太郎から受け継いだ箸を守れない、正典の体も正平の将来も心配だと糸子。
正典は、やりくりがしんどくなっただけなのだろうと決めつける。
糸子は、正典の稼ぎで家計が苦しいのは鯖江の頃からずっとだ、と言ってしまい、二人は険悪になった。

テレビ局で喜代美は小草若に、このままでいいのだろうかと不安を口にする。
小草若は、喜代美が徒然亭若狭の名で活動すれば、落語家という仕事が忘れ去られずに済む、と励ます。
高座に上る者だけが落語を守っているのではない。タレント活動にも誇りを持て、と小草若は言った。

喜代美は、草々が出演する番組のスタジオに入る。草々は喜代美に気付かず、二人ぐせを披露した。
烏山が喜代美に気付き、この後のトークコーナーに出ろと言う。
司会者は偶然気付いたように、喜代美をステージに招いた。草々の目が険しくなる。
司会者は喜代美に、二人ぐせに関連づけて、新婚生活で相手の癖は気になるかと問う。
喜代美は、口癖が出たら罰金をとる話をする。場内は大笑いだが、草々の表情は厳しさを増していった。

 

【第85回】

帰宅した草々は喜代美に、番組の邪魔をするな、お前が出た途端にバラエティになったと怒る。
喜代美は勢いで、落語だけで生きていけると思うのか、生活できるだけ稼いでから言えと言ってしまう。
草々は、喜代美は思っていたような女ではなかった、と幻滅する。
草々とやっていけるのだろうかと喜代美。やっていけないと思うなら勝手にしろと草々。
なら勝手にします、と喜代美は出ていった。

正平は草々に、糸子が正典との口論の果てに家出した、と電話で告げる。
草々は正平に、正典への伝言を頼む。女は男のロマンを理解しない、気にせず己の信じた道を行け、と。
電話を切った草々を草若が、二人ぐせを聞かせろと呼び止めた。

大荷物を手にした糸子は魚屋食堂で、しばらく置いてほしいと松江に頼む。
喜代美は喜代美で、寝床で荒れていた。どこに泊まる気だと聞く咲に喜代美は、奈津子の所だと答えた。

草々の二人ぐせを聞き終えた草若は、昔は自分もかけていたが、ある時期以来やらなくなったと明かす。
志保と結婚した頃、相手の口癖や思わぬ一面が気になり、やるのがつらくなったのだと。
草若は草々に、壁を取り払ったら障害がなくなるのではない、見えなかったものまで見えるのだと言う。
草々も喜代美も、最初からお互いのことを何も分かっていなかったのだ、と草若は説いた。

なぜ草々が怒るのか分からない、と言う喜代美に小次郎は、喜代美は草々のどこに腹が立つのかと聞く。
喜代美は、金を稼いで、一緒においしいものを食べたり旅行に行ったりしたかったのに、と泣き出す。
小次郎は、草々の笑顔が見たかっただけなんだな、と喜代美を慰め、草々も同じではないのかと問う。
喜代美に笑ってほしくて、いい落語家になろうと思っていたのではないのか、と小次郎は笑いかけた。

喜代美は草若邸の台所で、何度もオムライスを作り直し、とうとうきれいに卵が広がる一品ができる。
喜代美はその皿を手に、草々への謝罪の言葉をかけて、ドアを開ける。
無人の部屋には、スーツもなかった。引き出しには、署名が済んだ婚姻届が入ったままになっていた。

草々はイカ串瓶の貯金箱を手に、小浜の工房の入り口で正典と対面していた。
時を同じくして、喜代美は離れに一人、オムライスと婚姻届を前に、座り込んでいた。

 


第16週 「人のふり見て我が塗り直せ」2008/07/14-2008/07/19

 

【第86回】

小浜の工房で草々は、生活の足しにしてくれ、とイカ串瓶を正典に押し付ける。
正典が喜代美を一人にしていいのかと問うと、草々は結婚は早すぎたかと思っている、と告白する。
だから、喜代美のことをもっと知りたいのだ、と草々は続けた。

喜代美は草若邸の居間で、オムライスを前にしょげていた。草々家出の報に、兄弟弟子が集結する。
草若は草原に、お前も迷った時期があったろうと聞く。草原は、うちはずっと円満だと否定した。
喜代美を置いて家出する奴とは離婚しろ、婚姻届もまだなら俺と結婚しろ、と小草若。
四草は「可哀想に」と喜代美を抱きすくめて頭を撫で、捜しに行け、仕事は引き受ける、と言う。
仕事はしっかりやる、と喜代美が答えると、四草は喜代美を放り出した。
正平から電話がかかってきた。草々が小浜にいることだけ事務的に伝え、正平は電話を切る。
行くなら行ってやれ、と言う草若に喜代美は、居場所が分かれば安心だからと断った。

草々は焼き鯖に目を奪われて魚屋食堂に入り、糸子と会う。
奥から現れた順子に草々は、結婚式の時のあいつと仲良くしてるか、と抱き締める仕草で聞く。
順子は答えず、糸子に店番を頼んで出ていった。草々は糸子に、家に帰ってくれと言う。
糸子は、正典がいつか塗箸の名人になれると信じている、だが、今のままではいけない、と言う。
何かやり方を変えねば、と言う糸子に、「何か」とは何だ、と草々。分からない、と二人は口論になる。
幸助が「喧嘩すな」と焼き鯖を手に現れた。

犬の喧嘩も仲裁する幸助の話を正典から聞き、本物の「胴乱の幸助」だ、と草々は一席聞かせる。
草々の話芸に正典は感心する。正典の箸に比べればまだまだだ、と草々。
意気投合した正典と草々は、はじめ、おとうさんと呼び合うのであった。

草若は喜代美を、草原の稽古を聞けと呼ぶ。演目は、胴乱の幸助だった。
噺の途中で「今日はそこまで」と草原を帰らせ、草若は喜代美に呼び掛ける。
噺の続きで、幸助の仲裁は間に合わず、お半と長右衛門は死んでしまうのだと草若。
喧嘩は、こじれたら取り返しがつかなくなるのだ、と草若は喜代美に諭した。

和田塗箸店で店番をする草々は人の気配を感じ、「いらっしゃいませ」と店の入り口を見る。
そこに立っていたのは、喜代美だった。

 

【第87回】

喜代美は草々にひどい発言を詫びて、帰ってきてほしいと懇願する。
草々は、喜代美をもっと知りたくて小浜に来た、思い通りの女でなかったら別れる、と言う。
騒ぎを聞き付けて正典が出てきた。喜代美は、正典が草々を一喝してくれることを期待する。
しかし正典は喜代美に、はじめくんを困らせるなと注意し、草々と肩を組んで去ってしまった。

魚屋食堂で糸子は、喜代美まで来たことにあきれる。松江は、喜代美も夫婦喧嘩かと興味津々だ。
糸子は、作り置きしたカレーの残量を心配する。それなら帰ればいいのに、と喜代美。
悪いのは正典だから帰らない、と糸子は頑として言い張った。

木にもたれて海を眺める順子に友春は、また秀臣に怒られた、とこぼす。
順子は背後から、友春にしがみつく。友春も向き直り、順子を抱き締めた。
秀臣のような経営者にはなれない、と弱音をはく友春に順子は、情けないことを言うなと叱る。
跡を継いでもらいたい親の気持ちも考えない人間は嫌いだ、と言う順子に、俺のことが嫌いかと友春。
そんなわけないやろ、と答えた順子は「友春さん」と呼び掛けるが、「何でもない」と打ち消す。
名前を呼びたかっただけか、と無防備に笑う友春。順子は「そうや」とまた海に視線を向けた。

正平は喜代美に、草々をあちこち案内したらどうかと尋ねる。
草々は、喜代美の育った町をよく見たい、と賛成する。正平は笑顔の裏で、世話が焼けると独りごちた。
喜代美の部屋で、恐竜はどこにいる、と言う草々に、勝山はここ、と喜代美は地図に印をつける。
草々は、化石を交換した話を清海から聞いたと話し、つらい思い出の場所なら行くのをやめるかと言う。
喜代美は、苦い思い出も私の生きてきた道、知ってもらいたいことだと穏やかに話した。

翌朝、草々が喜び勇んで出かけようとするところに、順子が訪ねてきた。
順子は、喜代美と草々の重装備を見て、用件も言わずに帰っていく。草々と喜代美は出発した。
路地に目をやった喜代美は、肩を落としてとぼとぼと歩いていく順子の背中に、歩みを止めて見入る。
喜代美は草々に、ごめんなさい、今日はやめとく、と謝ると、順子を追って路地に入っていく。
置いていかれて戸惑う草々は、喜代美の背中に向かって、何言うてんねん、とむなしく叫ぶのであった。

 

【第88回】

喜代美の自室に通された順子は、草々と出かけるところに済まなかった、と謝る。
喜代美は順子に、何があった、言ってくれ、とたたみかける。
順子は、相談に乗るときは身を乗り出してまくしたてるな、と注意する。
そして、意を決した順子は告白した。子どもができた、と。
相手は友春だ、と明かし、順子は「どねしよ」と呟く。喜代美の知る限り、初めて順子が悩む姿だった。
友春の意見は、と聞く喜代美に順子は、友春には言っていない、結婚はできないから、と答える。
友春は製作所の跡取りだし、自分は子どもの頃から魚屋食堂を継ぐことを決めているから、と順子。
話を聞いてくれてありがとう、と順子は帰っていった。

夕方。考え込む喜代美に、草々が声をかけた。勝山行きを思い出した喜代美に、正平と行った、と草々。
どうした、と尋ねる草々に、ためらった末に喜代美は、順子の悩みを明かす。
草々は、すぐに友春に話すと激昂する。そこに友春が、のんきな顔でやって来た。
友春は、製作所の跡取りが魚屋の娘と付き合ってやっている。感謝されてもいいぐらいだと言う。
喜代美は友春をひっぱたき、順子を傷付けて、と「アホ」を連呼する。
怒りを抑えて草々は、順子に子どもができたらしい、お前の子だ、責任をとれと友春に告げた。

工房では、犬の夜這いの話を得意気にする松江に、正典が閉口していた。
焼き鯖を正典に渡した松江は帰る途中、店先の喜代美と草々の口論に気付く。
松江は、草々が友春に「相手の女を余計に傷付けることをするな」と怒鳴るのを聞き付ける。
魚屋食堂に戻った松江は糸子に、友春のアホと子どもを作る女の子もアホだ、親の顔が見たいと笑った。

順子は、幸助とともに屋台を引いて焼き鯖を売りさばきに出ていた。
公園で子どもに焼き鯖を手渡す順子。喧嘩する子どもたちを仲裁して焼き鯖を渡す幸助。
順子は父の姿に笑みを漏らし、沈みゆく夕日に視線を向けた。

夜、喜代美は魚屋食堂に順子を訪ねる。ちょうど、屋台をカラにした順子と幸助も帰ってきた。
血相を変えた友春が、魚屋食堂に飛び込んできた。出ていけと幸助がすごむ。
友春は、順子と結婚させてくれと頭を下げる。順子の表情に、松江はすべてを悟る。
顔色を変えた松江は、口元を手で押さえてうろたえるばかりだった。

 

【第89回】

結婚なんかしない、と言う順子に友春は、「子どもはどうする」と言う。
幸助は、どういうことだと声を荒らげる。すみません、と頭を下げる友春。
糸子は、友春一人の責任ではない、謝るなら順子も一緒だと言う。
ごめんなさい、と順子は両親に謝る。糸子は今度は、謝るな、謝ったらお腹の子が可哀想、と言う。
責任はとる、と言う友春に幸助は、一人娘を傷ものにされて責任のとりようがあるかと怒鳴る。
いたたまれず、松江は泣き出して奥へ駆け出した。順子は友春に、別れよう、結婚は無理だと言う。
食い下がる友春に順子は、強い語調で帰れと言った。
幸助は、自分も松江も、順子に限ってと思っていた、と言葉を絞り出した。

和田家に泊まる順子に喜代美は、体を冷やさぬようにベッドを勧め、なぜ友春なのか、と順子に尋ねる。
子どもの頃から感動のなかった順子が、喜代美の花嫁姿に初めて「綺麗だ」と思えた。
そこに友春が来て抱き締められ、人の体の温かさを感じた。
友春のような、厄介で愛しい「一生懸命なアホ」にひかれるみたいだ、と順子は微笑んだ。

製作所の一角で塗箸を研ぐ秀臣に友春は、ごめんなさい、製作所は継げないと頭を下げる。
順子に子どもができた、自分の子だ。順子は魚屋を継ぐと決意しており、製作所には来られない。
しかし自分は責任をとらなければいけない、順子と結婚して魚屋を継ぐ、と友春は言い切った。
秀臣は、台上の塗箸を手で払い落とす。平静を保とうとする静の手が震える。
跡継ぎとしてその程度の自覚しかなかったのか、と秀臣は声を震わせる。
これ以上、お前にがっかりさせられることがあるとは思わなかった、と秀臣はその場を出ていった。

工房で竹谷は草々とすれ違い、弟子をとったのかと正典に尋ねる。喜代美の旦那だ、と正典は笑う。
竹谷は、正典は恵まれている、製作所は経営不振らしい、と言い、正典を驚かせた。
塗箸店の店頭では喜代美が、順子のために何かしたいがどうしたらいいか、ともどかしさに悩んでいた。
すがるように「順ちゃん、順ちゃん」と呟き続け、喜代美は土間に座り込む。
草々は喜代美の横にしゃがみ、どないしたらええやろな、と言った。そこに、糸子が駆け込んできた。
「喜代美。集合かけなれ」真剣な眼差しで、糸子は喜代美にそう命ずるのであった。

 

【第90回】

正平は、居間に勢揃いした両親、姉夫婦、そして野口親子に何事かと驚く。
秀臣と友春が到着し、糸子は出迎えに立つ。草々は正平に、順子のお腹に子どもがいると説明した。

秀臣は、順子に嫁いできてほしい、と頭を下げる。自分が魚屋になると言っているのに、と友春。
逃げてるだけだと指摘する順子に友春は、結婚したいのも、跡継ぎの自信がないのも本当だと白状する。
箸は作れないが鯖は焼けるとでも思っているのか、焼き鯖をなめるな、と幸助は怒鳴る。
友春は、順子の子は自分の子だ、一生懸命働くからお婿にしてくれと頼む。
正典は、友春は製作所を継ぐべきだ、親が大変な時に見放すな、と言う。友春は製作所の窮状を知った。

松江は、できるだけ早く魚屋を継いでほしい、順子のお腹はどんどん大きくなる、と言う。
太ったかとからかう人がいずれ、こそこそ相手を詮索する。順子がそんな目に遭うのは耐えられない、と。
喜代美は、順子の意見を問う。順子は、母方の祖母の元に行き、一人で子どもを産み育てると言う。
子どもの手が離れたら魚屋を継ぐから心配するな、と順子は両親に告げる。
何で嘘をつく、と喜代美は声をあげた。一生懸命なアホが好き、友春が好きだとなぜ言わないのか、と。
順子の目に怯えの色が浮かぶ。今までは何事も天災と割りきったが、今回は自分でしでかしたことだと。
そう思うと怖くなり、出来ちゃった結婚から逃げたくなった、と明かした。
糸子は「出来ちゃった結婚」という言葉はやめろ、その気もないのに仕方なく生むみたいだと言った。

喜代美は、順子の「どーんと人生のど真ん中歩いていったらええ」の言葉のお陰で
小浜を出て、草々と出会い、幸せになれたと言う。
だから順子も、どーんと人生のど真ん中を歩いてくれ、との喜代美の言葉に、順子は涙をこぼした。
秀臣は幸助に、友春と順子を結婚させてやってくれ、そして魚屋食堂の跡継ぎにしてやってくれと言う。
順子も涙声で、友春と子どもと一緒に魚屋食堂をやっていきたい、と幸助に真意を伝えた。
目を閉じて考える幸助はやがて、わかったと呟く。ただし条件がある、と言う幸助に、一同は息を飲む。

喧嘩はすな。
仲よう暮らせ。

順子が泣き出した。頷く友春も泣いている。
一同は涙を流しつつ、笑顔を交わすのであった。

 

【第91回】

喜代美は草若に電話をかける。仕事は手分けしてやっているから心配するな、と草若。
折しも、寝床では番組の収録中。定食を味見した草原は「おいそしー」と噛んでしまう。
草原を押しのける四草のまずそうな食べ方に、熊五郎は不安にかられる。
小草若はマイクを奪い取り、勝手に自分のコーナーにしてしまう。
三人はもめ始め、収録は中止になる。草若はそれを伏せ、草々と仲直りできたのかと聞く。
喜代美は、忘れていた、と愕然とした。

喜代美は工房で、草々と向き合って座る。喜代美は、草々が別れを切り出すのではと妄想する。
草々は、小浜に来て喜代美が塗り重ねたものが少しは見えたと言う。
これからは一緒に人生を塗り重ねたい、面白い夫婦の模様になれたらいい、と草々は喜代美の手をとる。
工房に奈津子と小次郎が乱入した。ネタになることは逐一知らせろと奈津子。
もう仲直りしたところだ、と喜代美が言うと、奈津子は露骨にがっかりした。

正平は正典に、早く糸子と仲直りしてくれ、と嘆く。仲直りするには演出が必要だ、と小次郎。
喜代美は、五木ひろしの貸し切りコンサートなんてどうか、と言う。
正典は、仲直りする気はない、糸子が謝るまで家に入ない、と言い張る。
何がひろしだ、あの柔和な微笑みに騙されん、白スーツなんか着てあれは腹黒い、と言いたい放題だ。
塗箸店に客が来た。応対に出た草々は、その客、五木ひろしの求めに応じ、大声で喜代美を呼ぶ。
喜代美は店先に出るなり、ひろしに驚く。喜代美の声に、一同も奥からとんできた。
ひろしは、待ちきれずに帰った4年前のことを謝る。喜代美は糸子に電話して、すぐ帰ってこいと言う。
糸子は、嘘までついて、帰ってほしければ正典から頭を下げろと電話を切る。
がっかりした喜代美が店先に戻ると、ひろしは正典の箸を絶賛し、一膳ほしい、と言っていた。
正典は、思ったとおりいい人だと感激する。態度変わりすぎ、と正平はあきれる。
糸子に信じてもらえなかった、と言う喜代美に正典は、ほかしとけと言う。
何か事情があるのか、と言うひろしに喜代美は、両親が喧嘩したことを明かす。
しばし考えたひろしはぽんと手を打つと、「いい方法があります」と言う。
一連のしぐさに草々は、えらい古典的な思いつき方やな、と突っ込むのであった。


第17週 「子はタフガイ」2008/07/21-2008/07/26

 

【第92回】

ひろしは、喜代美と草々の仲の良さを糸子に見せれば、愛する気持ちを思い出すと案を授けた。
正典はひろしに、箸のお代は結構だと言うが、値打ちを下げるようなことは言うな、とひろしは言う。
正典が13,000円だと告げるとひろしは、財布をマネージャーに持たせたままだったと言う。
帰っていくひろしの背中に喜代美は「ありがとう、ひろし」と語りかけた。

魚屋食堂に喜代美と草々が、奇抜なペアルックで焼き鯖を買いに現れた。
糸子が鯖を差し出すと喜代美は、分け合おうと草々に食べさせる。
手元が狂い、草々の口元に熱い鯖が当たる。どんくさい、自分で食べると草々は怒り出した。

作戦に失敗した喜代美と草々は帰宅する。お帰り、と迎えたのは草原だった。
仲直りしたのか、と落胆する小草若に、越前そばをおごれ、別れる方に賭けたろうと四草も現れた。
勢揃いした兄弟子に喜代美は、仕事はどうなっているのかと尋ねる。
途端に三人は表情をこわばらせ、目をそらした。

寝床では菊江が、喜代美の仕事が全部なくなったことに驚いていた。兄弟子のせいだ、と磯七。
草若は、自分が烏山に頼んだ、喜代美は一度にあれこれこなせる器用な子ではないから、と説明した。

和田家では、三弟子が正典と糸子の喧嘩を心配する。
正平は、ほかしておけばいい、夫婦みたいなもん、いざとなったら他愛なく和解すると言い放つ。
正平はカラになったカレー鍋を台所に運ぶ。鍋には「あっためて食べなれ」のメモが添えられていた。
正平がそのメモを裏返すと「UNIVERSITY」の字があった。

小草若が、草々が喜代美の部屋に忍んで行ったと大騒ぎする。
正平の部屋で布団を敷く草原と四草はあきれた。正平は三人に、ここで寝るのかと恐る恐る尋ねる。
三人は、当然のことのように頷く。正平は英語の大学案内を机に置いた。

草々は不意に、落語会をやろうかと言い出す。
二人で力を合わせて夫婦落語会を開き、正典と糸子に見てもらえば、こちらの意図は伝わるかも、と。
落語を育て伝える思いを共有する限りずっと一緒だ、自分たちは落語で結ばれているのだ、と草々。
喜代美は同意する。草々は早速、稽古を始めようと布団を片付け始める。
喜代美はふと、正典と糸子にとっての「かけがえのないもの」は何なのかと考えるのであった。

 

【第93回】

草原は喜代美に、落語会のトリをやれと言う。小草若も、小浜でやるのだから主役は喜代美だと言う。
喜代美は、照明係に甘んじた屈辱の学園祭を思い出す。正にその時、沙織と由美子と恵が現れた。
草々が顔を出した。旦那さんだと喜代美が言うと三人は、格好いいと騒ぎ出す。
三人の勢いに圧倒され、喜代美はつい、夫婦落語会にも来てくれと言ってしまった。

魚屋食堂では幸助が、鯖を焦がす友春に技術指導を行っていた。そこに小草若ら三弟子が現れる。
小草若は、実家を捨てる決意をした友春を激励した。
幸助は、友春が焦がした焼き鯖を三弟子に振る舞う。草原は舌鼓を打ち、小草若はいい町だと言う。
海辺の町はいい、ここならのびのび明るい元気な子に育つだろうと草原。
四草はすぐさま、喜代美はクヨクヨ暗い陰気な子に育っていると言う。
糸子は同意し、そういう喜代美の性分が気になると付け加えた。

暗い表情の喜代美は、天狗座の何百人の客よりも昔の同級生三人の方が緊張すると言う。
奈津子は、昔の同級生などどうでもいいと言う。
地味な学生時代は意識もせず、有名になった途端に友達面して、とまた自分の世界に突入する奈津子。
そして奈津子は、そこを乗り越えた時が喜代美が本当に変われる、なりたいものになれる時だと言った。

草々は、小次郎が仏壇に線香を上げるのを見て、演目をたちぎれ線香に決め、稽古を草原に頼む。
そして、お囃子はお前がやれ、と草々は喜代美を指名する。
夫の落語を妻のお囃子で支えれば正真正銘の夫婦落語会だ、と草原も納得した。

ひろしが店に来た。先日の箸の代金を喜代美に手渡したひろしは、正典と糸子の仲直りができたか聞く。
まだだが、夫婦落語会を開くことにした、と喜代美。夫の落語の際は、三味線のお囃子もやると。
しかし糸子を誘う自信がない、と喜代美。かつて投げ出した、学園祭のステージ。
あのときのように、両親をがっかりさせるのではないかと不安になり、声をかけられないのだと。
わかった、糸子のために一曲歌う、とひろし。そうすれば喜代美も、糸子を誘う勇気が出るだろうと。
ひろしは曲目に迷う。喜代美は、ふるさとをリクエストする。母が一番好きだから、と。
快諾するひろしに喜代美は、希望が広がるのを実感するのだった。

 

【第94回】

喜代美は、ひろしのゲスト出演が決まったと家族に報告する。
徒然亭の落語がひろしに負けるわけにいかない、と草原。草々は頷いて、たちぎれ線香の稽古に赴いた。

芸者遊びが度を越した若旦那は蔵に幽閉される。百日目、罰が解けた若旦那は置屋に向かう。
着いてみれば、既に心通わせた小糸は寂しさの果てに命を落とした後。若旦那は線香をあげる。
三味線が鳴り出した。若旦那が小糸に生涯独身を貫くと告げると、三味線の音が止む。女将が口を開く。
「お仏壇の線香が…ちょうど、立ち切りました」

意味が分からぬ正平に草原は、かつて芸者遊びの際は線香に火をつけて、時間を勘定したと説明する。
草原は三味線を喜代美に渡す。不承不承、三味線を構える喜代美。
奈津子は、喜代美と級友が学園祭の練習をしていた光景を思い出し、うらやましかった、と明かす。
団結して何かするのが苦手だった、若いうちにはしゃぎ方や頼り方を身に付ければよかった、と奈津子。
小次郎はそんな奈津子を見つめた。

小草若に四草は、今後どうするつもりだ、落語でも女でも草々に負けて、と手厳しい。
笑ってごまかす小草若に、茶化すな、と四草は怒鳴る。
少しは草若の息子の自覚を持て、草若の名前までとられるぞとの四草の言葉に、小草若は愕然とした。

喜代美は糸子に、夫婦落語会のこと、ひろし特別出演のことを話す。
でたらめだ、と一蹴する糸子。正平が「本当だ」と言うと、今度はあっさり信用する。
正平は糸子に「UNIVERSITY」のメモを見せ、このことで金の心配をして正典と喧嘩したのかと聞く。
そして正平は、留学は諦めた、遠慮ではなく身の丈に合った選択をしただけだと糸子に告げた。

草々と喜代美は、掛け合いの稽古をする。調子外れの喜代美に、草々は怒鳴る。
その頃、小草若は工房の前にいた。話し相手は大歓迎、と正典は招き入れる。
正太郎の写真に気付いた小草若に正典は、父だと説明する。
正太郎の作品の箸を差し出され、小草若は指輪を外して受け取る。
正典は、正太郎は13年前以来、箸を作っていないのに、追い掛けるほどに背中が遠くなる気がする。
それでも、追い掛けずにはおれんのです、とふっと笑みを漏らした。

数日後、三弟子は小浜を発った。そしていよいよ、夫婦落語会の日を迎えるのだった。

  

【第95回】

喜代美は「天災」を演じ、拍手喝采を浴びる。スモークが焚かれる中に現れる五木ひろし。
一同が驚き、感動する中、ひろしは歌い始める…

糸子に呼ばれ、喜代美は妄想から現実に引き戻される。糸子は、ひろしはどこだと落ち着きがない。
挙げ句、台所にたまった洗い物に文句をつけ、糸子は食器を洗い始めた。

糸子が洗い終えた箸を拭いていると、勝手口から正典が、鴨居を見やりながら現れた。
その仕草に20数年前、糸子が実家の小間物屋に商品の箸を並べていた時の光景が重なる。
糸子は頭を指差す。正典は、髪についた花びらを手で払う。糸子はまた昔を思い出した。

春、きのや。来店した正典(20)の髪についた桜の花びらに、糸子(20)は手を伸ばす。
目が合い、手を引っ込めた糸子は、頭を指差す。正典は花びらを手で払った。
女ものばかり見る正典に糸子は、ガールフレンドへの贈り物かと、おもちゃの指輪を勧める。
押し問答の末、贈り物の話は糸子の思い込みだと分かる。塗箸のデザインの勉強に見ていた、と正典。
箸の輝く模様は何か、どうやって埋め込むのか知りたかった、と言う糸子に、正典はふっと微笑んだ。

夏。糸子と正典はところてんを食べている。糸子は塗箸に見とれ、正典が作ったのかと聞く。
正典は、親父だと答え、女の子が正太郎の箸を持てば別嬪が上がると言う。
糸子はもう十分に別嬪だが、と正典は告白するが糸子は、ワンピースに汁が飛んだと大騒ぎしていた。
そんな糸子に、正典はまた笑みを浮かべた。

秋。正典とあまり会えなくなる、としょげる糸子は、夕食は蕎麦にしないか、と鳩子に言う。
鳩子は、四角に延ばせないくせに、四角があんな形なら葉書が書きにくくて仕方ない、と答える。
うるさいな、と膨れる糸子。その瞬間、鳩子は倒れ、はずみで箸が散らばった。
冬…糸子は、借金取りからの電話に頭を下げ、新聞配達の仕事をさせてくれと親戚に頼んでいた。

和田家の電話が鳴り、喜代美が出る。電話の向こうのひろしは、渋滞に巻き込まれた、と言う。
間に合わないかも、自分が着くまで引き延ばしてくれ、と言うと、ひろしは電話を切った。
喜代美が説明する間もなく、草々はラジカセのお囃子を再生させ、さっさと噺を始めてしまう。
喜代美は、どうしようと思いあぐねるばかりだった。

 

【第96回】

草々の噺は進む。姿を見せぬ若旦那に手紙を書く、と小糸は泣く。
糸子と正典の脳裏に、共通の記憶が蘇った。

小浜の工房では、正典(20)が箸を作っている。そこに小次郎(17)が駆け込んできた。
糸子という人からだ、と小次郎は手紙を出すが、正典は背を向けたまま、引き出しにしまえと言う。
今作っている箸が正太郎に認められたら、糸子を迎えに行くつもりだ、と正典。
手紙を読んだら会いたくなる。箸が完成するまで、あと3ヶ月あまり辛抱する、と。
正典の思いも知らず、鯖江では糸子が、会いたいと悲痛な思いを綴った手紙を投函していた。

春。箸を完成させた正典は正太郎を呼ぼうと振り向き、引き出しから溢れ出す封筒に気付く。
正典は、一番上の手紙を一読すると、工房を飛び出した。できたばかりの箸を、置き去りにして。

きのやに駆け込んだ正典は、突っ伏す糸子を揺り起こす。
意識を回復した糸子は、正典の体をぺたぺた触り、幻でないことを確認する。
正典は、あかぎれだらけの糸子の手に、一心に息を吹きかける。
正典は、小浜で一緒に暮らそうと糸子を抱き締めるが、糸子は、鳩子を置いて行けないと言う。
そして糸子は、ひとめ正典に会えて元気が出た、と笑って見せた。正典はふらふらと戸口に向かう。
正典の背中に、糸子は涙をこらえる。突然正典は振り返り、商品を一つつかんだ。
正典は持ち合わせの小銭を糸子に握らせる。正典の手には、おもちゃの指輪があった。
これをくれ、と正典。首を振る糸子。正典は、糸子を置いて帰れない、と糸子の指に指輪をはめた。
糸子の心の枷が外れた。いっぱいに背伸びして、糸子は正典に抱きついた。

1973年の大晦日。糸子は病院のロビーで紅白歌合戦を見るうち、陣痛に襲われる。
ストレッチャーで分娩室へ運ばれながら、ひろしの歌が、と叫ぶ糸子。
画面は、ふるさとを熱唱する五木ひろし。正典は、分娩室の前で大声でふるさとを歌い始めた。
そして年明けて、ネクタイを締めた正典は、糸子と赤ん坊の喜代美にただいまと呼び掛けていた。

…草々の噺は、山場を迎えていた。
喜代美の級友は、衝立の向こうで三味線を奏で唄う喜代美の影に気付く。
草々はたちぎれ線香を演じきり、一礼する。時刻は間もなく二時。
ひろしを待つ喜代美は、やきもきしていた。

 

【第97回】

喜代美の「天災」は、サゲを迎えていた。
喜代美は窮余の一策、思い付きのネタで時間の引き延ばしにかかるが、ついにネタが尽きた。
喜代美は、ふるさとを歌ってもらって仲直りしてもらいたかったのに、と泣き出す。
「まつりも近いと 汽笛は呼ぶが~」
ひろしとは似ても似つかぬダミ声が聞こえてきた。居間の隅で、正典がふるさとを歌っていた。
一同の視線が正典に集まる。歌い終えた正典は「…五木でした」と呟いた。
異様な静寂の中、友春が手を叩いた。つられて一同も、拍手を送った。

ひろしは、和田家の表に立っていた。
居間から聞こえるふるさとの大合唱を確認すると、ひろしはそのまま帰っていった。
工房で正典は糸子に、帰ってきてくれと言う。糸子がいないと正典の箸は、研いでも輝かないと。
糸子は無言で、正典の肩にもたれかかった。

魚屋食堂で、結局正典に助けられた、私は脇役だと愚痴る喜代美。
順子は、草々のために三味線を弾き、正典と糸子のために変な落語をする喜代美は輝いていた、と言う。
そして、人にライト当てるいうのは素敵な仕事やな、と順子は言った。
沙織と由美子は、また落語会やってね、と言う。今度はエーコも一緒に行けたらいいな、と恵。
喜代美はおずおずと、清海は今どうしているかと尋ねた。

正平は自室で、外国の大学案内を破り、壁に叩き付けていた。正平の目には、涙がたまっていた。
台所では、糸子が洗い物をしていた。喜代美は、糸子の手のおもちゃの指輪に気付く。
お母ちゃんの宝物や、と誇らしげな糸子。しかし排水口にその指輪を落としてしまう。
箸を持ってこい、見えてるのに、と正典と糸子が大騒ぎする理由が、喜代美には分からなかった。

草々は、正典と糸子を結び付けているのは喜代美だったんだな、と呟く。
そして草々は、明日、婚姻届を出しに行こうと穏やかに言った。
喜代美と草々は、小浜市役所に婚姻届を提出し、職員に祝福される。
帰り道、二人ははしゃぎながら浜辺を歩く。
はるか後方を横切る人影に気付くことなく、そろそろ大阪に帰ろうかと腕を組む二人。
その人物は、どさりと荷物を下ろすと、砂にまみれたキーホルダーを拾い上げた。
かつて喜代美と交換した、輝く石。清海はその石を光に透かすように、じっと見つめた。

 


第18週 「思えば遠くへすったもんだ」2008/07/28-2008/08/02

 

【第98回】

1999年の夏。喜代美は奈津子に、この頃、落語が受けなくなっている気がすると不安を明かす。
奈津子は、駆け出しの頃は客も大目に見るが、もう6年目だから仕方がないと言う。
それだけではないような気がする、と喜代美は考え込んだ。

草若は、小浜市民会館での公演を終え、和田家に立ち寄っていた。
糸子は、仏壇の正太郎に供えた饅頭を草若に出し、正典の伝統工芸士の認定証を草若に見せる。
不意に挨拶された草若は、小次郎かと見まごういでたちの正平に気付く。
糸子は、正平は就職活動に失敗し、アルバイトで食いぶちを稼いでいるのだと説明した。
その点は小次郎とは違う、と草若。糸子は、まさか正平があの性格を受け継いでいたとは、と言った。

小次郎は、奈津子に結婚の条件として200万の貯金を提示され、ますます宝くじ購入に熱を上げていた。
「働く」という概念すらない小次郎だが、当選番号を確認する姿は、それはそれで幸せそうだった。

静の病室に友春と順子が、春平と順平を連れて見舞いに来る。
友春に抱き上げられた子どもが、清海の首元のチェーンに手を伸ばす。
輝く石が引っ張り出され、清海は険のある声を上げ、子どもの手を払う。
子どもが泣き出した。石をしまった清海は、ごめんと謝る。
こっちこそごめん、と順子は友春をたしなめる。気まずい空気が流れた。

喜代美は寝床に、磯七を捜して訪れる。熊五郎は、落語の相談なら草々に聞けばいいのではと言う。
喜代美は、草々は尊建・柳眉との公演を控えてぴりぴりしている、と言う。あとの三人は?と熊五郎。
あまり会わない、この頃は5人で何かすることもなくなった、と喜代美。
熊五郎は、廃業状態だった徒然亭の弟子が戻り、落語会を開催したことを懐かしむ。
でも落語は元々個人芸。いつも一緒にいる方がおかしいのではないかと熊五郎は指摘する。
喜代美は、それでも兄弟子たちにもっと教えてもらいたい、早く草若に認めてもらいたいと言った。

縁側の草若は、痛さに顔を歪めて腹に手を当てる。
糸子は、どこか体が悪いのかと聞くが、年のせいか、弟子もそれぞれ忙しくて、と草若はごまかす。
そして、あれだけ性格も得手不得手も違う連中がなぜ自分の元に集まってきたのかと、
草若は糸子を相手に、弟子たちのことを語り始めるのだった。

 

【第99回】

草若は糸子に、草々は落語しか頭にないと告げる。完璧を求め、完璧でないとどん底まで落ち込む。
それが一番心配だ、と。

当の草々は、弟子入り志望者からの電話に怒鳴っていた。
草々は喜代美に、自分は修業中の身、人に教える余裕もないしそういう器でもないと言った。
喜代美は草々に、饅頭こわいの本題に入ると客が引く、と相談する。草々は実際にやってみろと言った。

通して演じた喜代美が一礼すると、草々は、喜代美が女だから受けないのではないかと言う。
落語は300年来、男によって受け継がれた。そこに女がいきなり入ってくれば不自然も生じる、と。
立ち上がった草々に、さらなる助言がほしいと追い掛けた喜代美は、稽古部屋の前で草々に追突した。

19年前。少年期の草々は、稽古部屋で草若を前に饅頭こわいを演じていた。
10人あまりの登場人物を律儀に演じ分ける草々に、そこまでせずともと草若。草々はかえって落ち込む。
草若は草々に、よく通る声だ、大事にしろと言う。そして草原と少年・小草若に、何が好きだと聞く。
酒だ、スーパーカーだと二人。草若は、草々は何が好きだと聞く。落語です、と生真面目な草々。
落語家がそんな答えでどうする、他にないのか、と草若。草々は、それなら恐竜ですと目を輝かせた。

草々は、恐竜みたいな男だ、と草若は糸子に語る。でかくて強くて、すぐ暴れる。けど、もろい、と。

草々は稽古部屋で、古びたジグゾーパズルの箱を出し、ピースを広げて、喜代美に手伝えと言う。
19年前の光景が重なる。パズルを組み立てる草々に志保が、風呂に入るようにと声をかけ、手を貸した。
その後、草々は破壊されたパズルを前に、お前がやっただろうと小草若を責めていた。
知らん、と口笛を吹く小草若。小草若をたしなめた草若は草々に、何べんでもやり直せばいいと諭した。
改めて完成させたパズルは、ピースが一片なくなっていた。
欠けたピースの穴を見つめる草々に、ちょっとぐらい欠けてる方がいいのではと草若が声をかけた。
ここに何がはまるか、想像したら楽しいだろうと。
草々は喜代美に、自分の落語に何が足りないのかもっと悩めばいいと言う。
考えて、やり直して、失敗しても、またやり直せばいい。草々はそう言うと、喜代美の頭を優しく叩いた。

 

【第100回】

悩みが解決しない喜代美は、天狗座に四草を訪ねる。楽屋には平兵衛もいた。
小浜では草若が、四草がこの頃天狗座から声がかかると糸子に語る。
弟子入りを願い出たとき、この男に落語ができるのかと思った、と草若は当時を思い返した。

1986年の冬。草若の楽屋に男が、さっきの落語、算段の平兵衛を教えろと押し掛けた。
何やお前、弟子でもないくせにと噛みつく小草若を「頭悪そうな顔」と男は一蹴する。
そして男は草若に、弟子になってやっていいから、算段の平兵衛を教えろと繰り返した。

喜代美は、饅頭こわいの本題に入ると客が引く、と四草に打ち明ける。下手だからだろう、と四草。
楽屋に現れた磯七は、四草が師匠と呼ばれたことに感慨にふける。
四草の年齢を知らない喜代美に、磯七は驚く。草々より2~3歳上だと聞き、今度は喜代美が驚いた。

再び13年前。氏素性を草若に問われた男は、名前は倉沢忍、年齢は24、商社を辞めたと明かす。
家族の許可なしに入門は認められない、と言う草若に忍は、妾の子だ、母も好き勝手していると言う。
忍の態度に草若は、やめておけ、草々も小草若も忍より年下だが、先輩として敬わねばならないと言う。
何ぼでもあいつらを敬う、と忍。そして、天狗芸能など大したことはないと言う。
一人で口先であれだけの客を笑わせて金をとれる落語家の方がよほどすごい、と。

入門しても忍…四草と兄弟子たちは険悪だった。
志保がおろおろと稽古部屋に入ってきた。手には、怪我した九官鳥がいた。
治るかどうか、賭けるかと四草が言い出す。草若は即座に死ぬ方に賭ける。
死ななかったら欲しいものをやる、と草若に言われた四草は、飼育方法の本を手に九官鳥を世話する。
食べ物を吐いた、とうろたえる四草。物陰で様子を見ていた他の弟子も、飛んできて心配した。
数日後、回復した九官鳥を見た草若は四草に、お前の勝ちだ、何が欲しいと聞く。
「こいつ…この九官鳥、僕にください」
四草の言葉に草若は笑顔で、四草の髪をかき回して立ち去った。
平兵衛、と四草は呟く。九官鳥もヘイベエ、ヘイベエと繰り返した。

四草は、平兵衛を喜代美に頼んで高座に向かい、饅頭こわいをかけた。
舞台袖で、平兵衛が暴れだす。指を口元に当てて喜代美は、再び四草の高座を見つめるのだった。

 

【第101回】

帰宅した正典は、草若に前夜の落語会の礼を言う。
もうじき引き上げる、と言う草若を糸子は、若狭鰈を焼くからと引き留めた。

喜代美は、稽古部屋で草原と会う。草原は最近、落語講座を開いているのだ。
草原に喜代美は、落語が受けない気がすると相談する。
分かるわ、と緑が現れた。緑は昔、自分のファンだったと言う草原に緑は、違う、草若だと笑った。

和田家では草若が、正典がなぜ伝統工芸士の資格をとったか分かるかと糸子に尋ねる。
糸子にいい所を見せたいからだ、男はしょうもない可愛い面がある、草原もそうだ、と草若は語った。

1973年の冬。緑は落語会の度、落語への疑問や質問を書き連ねていた。
草原は律儀に返事を書いていた。緑はある時、草原の斬新なオチはオリジナルかと聞く。
噛んだだけ、と謝る草原に緑は、草原のお辞儀が綺麗で見とれていた、と返した。
草原は『佐々木緑様』と返事を書きかけ、その便箋を丸める。
改めて草原は『緑さん』と書き始め、落語の新人コンクールに応援に来てほしいと綴った。

稽古部屋では緑が、女の子の枕から、いきなり男の台詞に転じるからだと喜代美の悩みを分析する。
草原は、続けてたら分かることもある、となだめる。緑はどうだった、と喜代美は聞く。
素人だからどうもしなかった、大学を出る頃には草原の嫁になると決めていた、と緑。
草原は、コンクールに落ち続ける売れない落語家が、結婚しようと言えなかったと明かした。

コンクール10年目、草原は、賞をとれなかったら緑と別れると決意する。
結果は落選だった。稽古部屋で饅頭こわいを演じる草原に草若は、稽古なら一等賞だと寝転ぶ。
何のために賞をとる、何のために落ちてもコンクールに挑戦する、と草若。
緑に喜ばれたいからだろう、まーくんすごい、と尊敬されたいからだろう、と草若は言う。
草原の長々しい芸談を聞く女がまた現れると思うか、と問われ、草原は稽古部屋を飛び出していった。

草若は糸子に、草原には賞の一つもとってほしいと思う、と本音を伝える。
その頃、草若邸では、草原と緑が颯太への誕生日プレゼントを手に、仲良く帰途についていた。
二人を見送って喜代美ははたと、問題が何も解決していないことに気付くのだった。

 

【第102回】

小草若は、志保に線香を上げに草若邸を訪れた。小草若を追って、菊江も来る。
何で店の前を素通りする、と説教する菊江に小草若は、やかましいと逆らう。
喜代美は小草若に、落語の本題に入ると客が引く、と相談する。俺に聞いてどうする、と小草若。
やがて小草若は、自分が落語家になる意味はあったのだろうか、と呟いた。

1980年の春。仏壇店で中学生の仁志は、草若に弟子入りする決意を明かした。
決意表明した仁志に草若は、間の悪い、前の日に言えば一と一緒にお祝いしたのに、二度手間やと言う。
そして草若は、稽古部屋へと去った。

小草若は、志保の病気は自分のせいだったかと思う、と口にする。
心配かけ通しだった、落語は下手だし、テレビに出てる姿も見せられなかった、と。

志保の初七日、草若の姿はない。一門会に続いてすっぽかすのか、と小草若。
草若が現れた。立ち上がった小草若は、足の痺れから派手に転倒する。
顔を上げた小草若は、草若を指差して「底抜けに痺れましたがな!」と言い放つ。
草若は笑い出して、流行るで、と言う。そして志保の遺影に、流行るよな、と同意を求めた。

喜代美は、底抜けが流行ると見抜いた草若はすごいと言う。菊江は、草々だったら流行らなかった、
草若が気付いたのは、それが小草若にぴったりの芸風だったことではないか、と尋ねた。

草若は糸子に、今後も「草若の息子」が小草若にとって重荷になる気がする、と言う。
小草若が落語家になると言ったときは嬉しかったのでは、と糸子。
草若は、二度手間発言の後を思い出す。稽古部屋で草若は、笑顔で志保を呼ぶ。
仁志が、俺と同じ落語家になると言った。そう伝えた草若は志保と抱き合って、よかったと喜びあった。
それなら、それでいいのでは。糸子はそう言うと、大阪への土産を包みに立つ。
苦痛に顔を歪ませた草若は、縁側に這い出る。糸子が草若に駆け寄った。
蝉の抜け殻が、と草若はごまかし、一週間しか生きない蝉は怖い怖いと鳴くのかもしれないと言う。
生きているのが怖い、生きたいという意味かと糸子は問う。頷いた草若は立ち上がる。
草若は、喜代美にはまだまだ教えたいことがぎょうさんある、と言う。
一方の喜代美も、草若に教えてもらいたいことをぎょうさん抱えて、その帰りを待っていた。

 

【第103回】

草若が帰宅すると、待ちくたびれた喜代美が居眠りしていた。目覚めた喜代美は、草若に相談する。
日中の落語会の饅頭こわいで、マクラの間は受けるが本題に入ると客が引いていった、と。
そして喜代美は、兄弟子たちに助言を求めて返ってきた反応を再現する。
草若は、忙しい一日だったんだなと笑い、弟子たちの反応をもう一度聞く。
みんな言いそうなことだとひとり納得して草若は、いろいろ教えてもらえてよかったな、と言う。
お前さんはどんなこと言う落語家になるのかね、と喜代美の頭を撫で、草若は居間を出ていった。

糸子は、縁の下を覗き込んで蝉の抜け殻を探す。正典は、正平のせいで糸子がおかしくなったとなじる。
正平は、ふてくされて寝転がり、いじけた台詞を吐き捨てる。
そこに、小梅が帰還した。連絡もなく帰ってきた小梅に、正典は驚く。
糸子は小梅に、帰ってきて早々に申し訳ないが、と頼み事を切り出した。

草若邸では喜代美が無言電話に、相手を弟子入り志望者と決め込んで怒鳴り、叩き切る。
その切断音を、小浜の病院で清海が、固い表情のまま聞いていた。
振り返った喜代美は、そこにいた糸子に驚く。喜代美の様子を見に来た、と糸子。
喜代美は、高座で受けない悩みを糸子に打ち明ける。お母ちゃんに任せとき、と糸子は力強く言った。

帰宅した草若は、部屋で激痛と戦う。落ち着いた頃、稽古を見てくれと喜代美の声がする。
稽古部屋で草若は、太い眉と髭を描き込んだ喜代美の顔に唖然とする。喜代美は饅頭こわいを始めた。
演じる途中で勢いが弱まり、とうとう喜代美は恥ずかしさに顔を手で隠す。
稽古部屋に入ってきた糸子に、草若は驚く。喜代美は、糸子に相談したらこんな目に遭ったと説明する。
口紅さした女が男言葉を話すからおかしい、あんたが男になったらええ、と。
草若は喜代美に、創作落語をやれと言う。普通に落語をやって受けないなら、これで答えが出たと。
草若の落語を受け継ぎたいと食い下がる喜代美に草若は、いつになく強い口調で創作落語を命じた。

居間に座った草若の傍らに、糸子が腰を下ろす。糸子の眼差しはまっすぐだった。
「ほんまのこと、教えてください。生きるのが、こわいんですか?」
糸子の問いに答えることができず、草若は目をそらすのが精一杯だった。

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