以下はクリーブランド連銀のホームページに2009年12月21日に記載された "Conducting Monetary Policy when Interest Rates Are Near Zero"の翻訳です。night_in_tunisia

ゼロ金利近傍での金融政策のあり方

Charles T. Carlstrom and Andrea Pescatori

このEconomic Commentaryではデフレーションと景気後退、そしてゼロ名目金利に関連する懸念について解説し、そのような状況においてどのように金融政策が執行されるかを説明する。我々はデフレ期待を回避することが鍵であり、そして金融政策当局がデフレ回避のための明確なコミットメントを示すことが必要であることを論じる。また、そのようなコミットメントを理解せしめるための良い方法としての物価水準目標についても論じる。

経済に好・不況の波があるのは避け難いが、経済活動の変動を緩和させるために金融政策が活用でき、また、されるべきであるというのが経済学者や政策担当者の幅広い合意である。しかし、金融政策で使われる通常の方法がある状況においては無効となるような状況が起こりうる。例えば短期金利がゼロ、もしくはゼロ付近にあるとき、金融政策通常の方法が使えない。すなわち短期金利の調節が使えないのだ。そのような環境下で金利を引き下げようとするならば、別の方法を探らなければならない。2008年12月以来FFレートがゼロ付近にある今、アメリカ経済はまさにこのような状況にある。これらの条件の元、金融政策を執行するにあたって連邦準備局は新たな戦略及びツールの採用を余儀なくされている。

金利ゼロ近傍の環境は金融政策にとって問題となりうる別の点を何人かの経済学者は提言している。彼らは金利引き下げ能力の欠如が物価の下落とGDPの下落が相互促進するデフレスパイラルへと経済を押しやる財・サービスへの需要の突然の予期せぬ減少をもたらしうると言う。物価を引き下げる負の需要ショック(短期的にはデフレ圧力)がさらなるGDPの減少をもたらし、デフレプロセスを増幅させることを恐れているのである。この追加的なデフレ圧力がさらなるGDPの下落をもたらす。ポール・クルーグマン(経済学者、ニューヨークタイムズコラムニスト)はこの下方スパイラルを戻って来ることのない「ブラックホール」と名付けた。*1

このEconomic Commentaryではデフレーションと景気後退、そしてゼロ名目金利に関連する懸念について解説し、このような状況において執行されるべきいくつかの金融政策について説明する。短期金利がゼロであるような状況で金融政策が有効となるためにはデフレ期待を避けることへの明確なコミットメントが必要であることを強調する。また、そのようなコミットメントを理解せしめるためには物価水準目標が良い手段となりうることも論じる。この処方箋は、ゼロ金利が負の需要ショックによるものであるという仮定から導かれているものの、物価の下落は供給ショック、とくに高い生産性向上(悪いことではない!)によっても起こることは強調しすぎることはないであろう。この場合ここで論じられるものとは異なる政策を必要とすることは明らかである。

ゼロ金利とブラックホール

名目金利がゼロ近傍にある状況でのデフレがもたらす特別な問題は、そのような環境での実質金利へ起こりうる事柄と経済活動に与えうる効果とに関係する。

例えば、年率7%の名目金利で借入を行う企業について考えよう。企業が生産する財の価格も含めた物価が年率2%で上昇することが期待されているならば、企業にとって借入の実質コスト(実質金利)は年率5%である。本質的には実質金利は金融政策によってではなく、市場参加者の貯蓄と投資判断とリスクの折り込みによってのみで決定される。実際期待インフレ率の恒常的な変化(例えば2%から1%への変化)は名目値のみ(この場合7%から6%へ)の変化をもたらし、実質金利には影響しない。

しかしながら、インフレ期待はただちに変化するわけではない。それらは時間の経過とともに変化するので、名目金利を引き下げるような政策の変化は短期的には実質金利をも低下させる。実質金利の低下は銀行の貸出意欲と企業の借入意欲を増大させる。この追加的な貸出は一時的に需要を刺激する。このシナリオでは、実質金利を引き下げることによって、また同じことだが物価の下落よりも大きく名目金利を下げることによって(一時的に実質金利を上げ、経済を縮小させるような)物価と期待インフレ率の下落といったデフレショックを中央銀行はたやすく相殺させることが出来る。

しかし、名目金利がゼロ、あるいはゼロに近い場合にデフレショックが起こった場合、政策担当者はこれ以上名目金利を引き下げてショックを相殺することが出来ない。たとえ長期の期待インフレ率がしっかりと固定されていたとしてもデフレショックは短期のインフレ期待を低下させ、結果実質金利を引き上げる。実質金利の上昇は投資、消費そして総需要を減少させ、さらなる物価の下落をもたらす。このつづくデフレの攻撃は実質金利をさらに引き上げGDPの下落と当初のデフレショックを悪化させる。

クルーグマンがブラックホールと呼んだこのシナリオの極端なケースは起こりそうもないことは強調しておくべきである。なぜなら部分的には需要の下落予想は企業の生産の縮小を生み過剰供給はしだいに調整されていくからである。しかしながら、ことによるとデフレショックに対する相殺能力の欠如はデフレの期間とGDPの低成長を長期化させるかもしれない。

量的緩和は機能するか?

多くの識者が短期金利がゼロの近傍にある場合にも準備預金ターゲッティング(もしくはゼロ金利下で行われれば量的緩和)は経済を刺激することが出来ると主張している。しかし、もし量的緩和が短期証券の買い取りを通じて行われたならばこの政策の失敗はほとんど間違いなく運命づけられている。銀行の準備預金と短期証券は名目金利がゼロの状況においては完全に代替的で、銀行は貸出を行うインセンティブを持たないのである。

銀行は単に中央銀行から受け取る現金と保有している短期証券とを入れ替えるだけである。よって、市中に循環するマネーサプライ(これはM1のことである)は影響を受けない。M1に影響を与えるには銀行が民間部門に貸出を行い、その貸出の一部が再び当座預金に預け入れられる必要があり、これによって市中の貨幣が増加するのである。短期金利がゼロの時にはオープン市場操作によってマネーサプライを増やすことは出来ないから、実体経済や物価を増加させるために市場操作を使うことは出来ない。

しかし、この論法は短期国債の購入に当てはまるものである。2009年3月、連邦準備局は経済を刺激するために長期証券の購入を通じて量的緩和プログラムに踏み込んだ。短期証券とは異なり長期証券はプラスの金利で取引されていた。対象となった長期証券は不動産担保付証券、Agency証券(訳注:ファニーメイやフレディーマックなど)、長期国債である。

長期国債の購入の意味はそれによって長期国債の需要を増し、結果それらの価格を上げることにある。これはイールドの減少をもたらし、すなわち長期金利の減少となる。長期金利の低下は投資と経済を刺激するであろう。この考えは、銀行は長期証券と引き換えにFRBから受けた現金の上に座して何もしないということはない、という仮定に基づいている。そして最終的には実際に市中のマネーサプライが増加するのである。つまり、銀行は長期国債と短期国債を完全な代替物とは看做さないのである。さもなければ、銀行は他の長期証券を買い入れたりこの新たな資金を貸し出したりしないであろう。

FRBが長期国債を買い入れると発表したことにより長期国債の金利が低下したことは事実の示すところであるが、この政策の肝はその効果が十分かつ長期におよぶかである。その効果とは二つの仮定に立脚している。一つは長期国債と短期国債の市場がそれぞれ分離されていることである。つまり、それぞれが互いにそれほど良い代替物ではないということである。分離された市場においては、ローン可能なファンドの供給及び需要スケジュールはそれぞれ独立になる。

しかし、もし市場が分離されていたとしても、しばらくすればトレーダー達はより高い期待収益の魅力によって好ましいセグメントの市場から誘い出されてしまう。長期金利が低下することで、短期国債のリスク調整された収益は増加する。投資家が長期国債から短期国債(同じことだが、利子のつかない超過準備)へとシフトするにつれて長期金利は上昇し始める。長期国債の買い入れによって市中に生じた追加的な貨幣は直ぐに銀行の準備預金へと巻き戻されてしまう。

これを別の表現で言い換えるならば、長期金利は最終的には市場のファンダメンタル、つまり長期の経済成長予測と関連する長期の期待インフレ率、によって決定されるといえる。長期の成長は貨幣的要素によっては影響されないのだ。

長期国債の買い入れは長期金利に影響を与えるかもしれないが、経済への波及方法や効果を発するタイミングが適切となるような購入量の決定は易しくない。

正確な数字で見ると、量的緩和は金利がほぼゼロになって以来、長期国債の購入よりも不動産担保付証券(MBS)の購入がほとんどである。なぜならMBSの購入の方が実物経済に遥かに大きな効果をもたらすと考えられるからである。その理由は長期国債とは異なりMBSは短期国債の代替物というにはほど遠いものと言えるからであり、このことから短期国債とMBSとの間に起こる市場の分離はずっと長い間持続するのである。事実はMBSの購入が住宅ローン金利の引き下げに成功していることを示している。

政策ツールとしてのコミュニケーション

これで見てきたように、短期金利がゼロの時には金融政策担当者はインフレ率と生産に影響を与えるために、標準的な手段を超えて考えなければならない。しかし、ここまで言及していない手段がもう一つある。通常FOMCはスピーチや政策発表によって将来のFF金利の変化についての期待へ影響を与えるような情報を与えコミュニケーションをとる。将来の金融政策の期待は将来の貨幣成長、つまりインフレ率を増加させることが出来る。上昇したインフレ期待は実質金利を引き下げる。これがFOMCが現在しばしば使う「しばらくの間極めて低いFF金利を維持する」という言い回しの一つの理解である。

デフレスパイラルを中和するためのインフレ期待の重要性について論じてきた。名目金利がゼロならば、期待インフレ率の上昇は現在の実質金利を引き下げ、実物経済と物価を刺激する。このような状況で将来のインフレ期待を引き上げるようなコミュニケーションを成功させるためには政策担当者が将来経済が回復を始めたあとも金利を低く維持するという「誤った」政策をとり続けると約束する必要がある。本質的にこの将来のインフレが現在の経済を刺激し、実際に現在の貨幣量を増加させるのだ。

デフレショックが起きた時に将来のインフレを起こすという「誤った」約束を実現すると中央銀行が信用させる最も良い方法は、中央銀行が約束を守っていることを容易に確認できるシンプルなルールを提案することかもしれない。一つのシンプルなルールは物価水準目標である。物価水準目標とは中央銀行がある一定期間与えられた物価水準の経路の実現にコミットすることである。もし物価が目標とする率よりも高くなれば、政策担当者は目標の経路に復帰するためにインフレ率を低めなければならない。逆に、デフレショックが与えられれば中央銀行はインフレ率を高めなければならない。なぜなら物価水準を目標の経路の水準まで高めなければならないからである(図1を見よ)。

図1 異なるターゲッティングレジームに対するインフレと物価水準の反応

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物価水準目標の代わりに世界中の多くの中央銀行では約2年程度の期間インフレ率を平均において固定するインフレ目標を採用している。有効なインフレ目標は定められた期間インフレ期待を固定するが、これは定義によりデフレ期待と実質金利の上昇を回避するのに充分である。

しかしながら、インフレ目標と物価水準目標との間には重要な違いが存在する。インフレ目標は過ぎたことには拘らないが、物価水準目標は過去の誤りを修正を要請するものである。物価が数年に渡って下落した場合、物価水準目標は目標に経路の復帰ような中インフレ率の上昇を中央銀行に要求するのである。これに対し、インフレ目標は単に今後のインフレ率のみに注目するものである。

物価水準目標は本質的にはデフレショックが起きた時には将来のインフレを増長させる約束であり、このため期待インフレ率を上昇させる。将来のインフレを約束することは短期金利がゼロの時にさえ実質金利を下げる効果を持つ。現在の長期のインフレ率はインフレ目標を採用しているかのごとく安定している。最近の混乱の中における数少ない明るい要素は(調査においても市場ベースにおいても)インフレ期待、とくに中期及び長期のインフレ期待が安定していることである。物価水準目標を採用しても同様の信頼性、つまり長期インフレ期待の安定、を得られるかどうかはまだ明らかではない。

物価水準目標の欠点は原因のいかんに関わらず物価が低下すると経済を刺激せざるをえないことである。例えば、正の供給ショックによる経済の拡大は物価の下落と実質金利の上昇圧力を生むが、ほとんどの経済学者はこのような状況での金融政策による調整には賛成しないであろう。インフレ目標は通常でない経済状況に対して変更することもいざとなれば可能であるが、物価水準目標は非常にシンプルで分かりやすいルールによって経済の変動に対応するという利点を持っている。

ゼロ金利を回避する

今後の課題として、短期金利がゼロになる可能性を極力排除することが重要である。一つの方法はFRBが事実上の長期インフレ目標を引き上げることである。FRBが現在採用していると思われている1.5%から2%の長期インフレ目標を2%から4%程度に引き上げるべきである、とサンフランシスコ連銀のジョン・ウィリアムズは主張する。これは長期FF金利を引き上げ、ゼロ金利を回避するための追加の武器を与えるであろう。

しかし、高めの長期インフレ目標の代わりに物価水準目標は将来ゼロ金利に見舞われる可能性を緩和するもう一つの方法となるであろう。(物価水準目標は所与の長期インフレ率を意味することを思い出して欲しい)名目金利がゼロに期待状況で経済が大きなデフレショックを受けたならば、物価水準目標はインフレ目標に対し、明らかに優位である。もし金融政策が物価の安定化を目標とするならば、政策担当者は過去のズレを修正するために将来の短期、及び中期のインフレを発生させなければならない。物価水準目標によって約束された将来のインフレは短期及び中期の期待インフレ率を上昇させ、ゆえに名目金利が上昇し金利がゼロに到達することを防ぐであろう。

名目金利の非負制約はたしかに金融政策に問題となるが、これらは克服不能なものではない。今後の金融政策の理解を広めることは非負制約を持つ名目短期金利がゼロに近づいたときに期待インフレ率を引き上げるために金融政策担当者がとれる最も良い方法である。さらに言えば、物価水準目標はこの理解を促進する方法となるであろう。物価水準目標はそもそも金利がゼロ下限に近づくこと可能性を引き下げることにもなるのである。

脚注

*1ここではデフレに注目しているが、我々はインフレのリスクを同様に懸念する人々がいることも認識している。我々はデフレへの注目がインフレに較べデフレが重要でないということを表明するものではないことを記しておく。

参考文献

  • “Japanese Monetary Policy: A Case of Self-Induced Paralysis?” by Ben Bernanke. 2000. In Japan’s Financial Crisis and its Parallels to U.S. Experience, Institute for International Economics, special report no. 13, edited by R. Mikitani and A. Posen.
  • “It’s Baaack! Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap,” by Paul Krugman. 1998. Brookings Papers on Economic Activity, vol. 2, edited by W. Brainard and G. Perry.
  • “Crisis in Prices,” by Paul Krugman, 2002. New York Times.
  • “Heeding Daedalus: Optimal Inflation and the Zero Lower Bound,” by John C. Williams. 2009. Forthcoming in Brookings Papers on Economic Activity.
  • “The Zero Bound on Interest Rates and Optimal Monetary Policy,” by Gauti Eggertsson and Michael Woodford. 2003. Brookings Papers on Economic Activity, vol. 1, edited by W. Brain.
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最終更新:2010年03月06日 23:11