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連載 - Tさん-復讐-05

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「あーあ、せっかくの奴さんの懐に飛び込む手段だったんだけどなー」
 地図を折り畳んだ男の呟きが人気のない路地裏に響いた。
 浅井とさっちゃんは地下カジノへの入室権を放棄し、それによって地下カジノから放りだされてから数時間、現在自分たちのいる場所の把握に努めつつ休憩をとっていた。
 まったく、と言ってさっちゃんの方へと浅井は目を向ける。彼女はコンビニで浅井が買い与えたバナナの皮を剥きにかかっており、そのたどたどしく皮を剥いていく様は、
 下手すりゃ俺より長生きのくせしてどっからどう見ても子供なんだよな。
 そう思いながら地図をそこら辺へと放りだしてぼんやりしていると、さっちゃんが浅井へと振り返った。そして笑顔で半分ほどに折ったバナナを「はい」浅井へと差し出す。
「おとーさん、あげる!」
「……おう」
 浅井はさっちゃんからバナナを受け取り、一瞬ためらって――口に押し込んだ。そのまま碌に噛みもせずに胃へとバナナを流し込んでいると、さっちゃんが小さく小さく発した声が聞こえた。
「……ゆるせない、みんながゆるしても、さっちゃんは、無かったことにできない。――わすれるのはいやだ」
「……そうだな」
 彼女自身に言い聞かせるように呟かれる言葉に浅井は同意する。
「おとーさん、≪夢の国≫をいつ殺しに行くの?」
 バナナを咀嚼しながらさっちゃんが浅井に訊いた。浅井はそうだなあ、と少し考え、
「とりあえず熱線を出せれるまで身体の調子が戻ってから、だな」
 そう答えながらさっちゃんからバナナの皮を受け取る。交換するようにさっちゃんには毛布を渡して寝るように言いおき、自身は皮を捨てに行くために立ち上がった。
 そんな背中に声がかけられる。
「おとーさん」
「ん?」
 振り返った浅井にさっちゃんは訊ねる。
「だいじょうぶ? 無理、しないでね?」
 先程地下カジノでしんどいと言ったのを真に受けているのだろう、浅井はそう考え、人好きのする笑みでさっちゃんを見た。
「余裕だ余裕。さっちゃんこそ大丈夫か? ≪夢の国≫の王様に呪いをかけ続けてんだ」
 他の都市伝説の力を利用して元の力を大きく逸脱させているのだ。呪いをかけられる相手もさることながら、その術者も相当な負担を負っているはずだ。しかし、
「だいじょうぶ!」
 ぶい、とピースサインをするさっちゃんにそうか、と浅井は眉尻を下げて笑う。
「さて、夜も遅いぞー、子供はとっとと寝た寝た! 明日になったらどっか適当なホテルにでも泊まろうぜ」
「さっちゃんそんなにこどもじゃないもん」
 不満そうにむー、と唸るさっちゃんにはいはい、と答えて浅井はバナナの皮を捨てに行くためにいくつか路地を折れた。そしてどこかの飲食店の残飯入れを見つけ、 
「ここでいいか」
 バナナの皮を捨て――そのまま嘔吐した。
「ゲ、ゴァ――」
 胃の中身を全てひっくり返したように中身を吐き出した浅井は荒い吐息で困ったように笑う。
「ハァ、ハァッ…………あー、人肉以外やっぱ駄目かぁ」
 額に浮いた汗を拭い、ふらつきながら路地をいくつか戻り、周囲に街灯も無い所にまで来ると、座り込んで空を見上げた。そして今日あったことを思い出す。自身の娘がどのようにして死んだのかを知った日から十年程、やっと会えた復讐の相手の事を、いや、正確には復讐の相手と同じ身体をしていた者のことを考える。
「あの娘っ子、宗旨変えしたわけだ……いや、元々別人だったんだし、被害者だってんだから、行動も変わるわな」
 Tさんと呼ばれていた青年の話を思い出す。そしてそれを聞いたさっちゃんの反応も。
 以前さっちゃんから話に聞いていた地下カジノの奴らもあの娘っ子の側についてたし、なにより俺自身がこの目であの≪夢の国≫を見た。
 話を聞いただけでは信じられなかったが周りの人々の反応を見る限り、
「事実なんだろうなー」
 頬の傷痕を指先でなぞりながら煙草を取り出して火をつける。
「≪夢の国≫の中での話も嘘じゃあなかったわけだ」
 浅井の抱く≪夢の国≫への復讐心が揺らぐ。彼女は≪夢の国≫での茶会の時に彼にこう言ったのだ。
「――夢を与えるねぇ」
 紫煙を吐き出す。
「……クソ、もう復讐を果たすべき相手はいないってか。……だけどよぉ、」
 腕を見る。Tさんの光弾を弾き飛ばした部分のスーツの袖が破れていた。
 その穴を撫でながら言い聞かせるように彼は呟く。
「もうこうして生きるしかねえんだよ」
 そう言って立ち上がると彼はさっちゃんのいる場所へと歩いていく。
「これは意地ってやつだ……」
 再び、自らに言い聞かせるように彼は言葉を紡いだ。


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 夢子ちゃんを荒れてすごいことになった地下カジノから連れて来た俺たちは苦しんでいる夢子ちゃんをともかく寝かせることにした。
「地下カジノのソファよりはたぶん寝心地いいぜ」
 そう言いながら用意した布団に夢子ちゃんを横たえる。
「すみ、ません」
 夢子ちゃんの言葉には力が無く、顔面は蒼白になっている。
「気にすんなよ、おかげでさっちゃんの病気から逃げられたんだしな」
 布団を被せてその上から二、三度体をぽんぽん叩く。
「それだって、……私が」
 申し訳なさそうに言う夢子ちゃんの言葉を全部言わせずにTさんに話を振る。
「Tさん、とりあえずどうするよ? 咳き込んだり時折言葉に詰まったりしている所から見るに肺辺りに病気があるのか?」 見た感じの事を言って意見を聞いてみると、
「いや、あの歌から派生した呪いならば正体は分からないな。どんな症状を出してでもバナナを半分しか食べれない状態にするのかもしれん」
 つまり、
「原因不明かよ。んー、風邪薬で大丈夫かな?」
「いや、おそらくは……」
「お姉ちゃーん、薬箱もってきたの」
「おう、ありがとな、リカちゃん」
 薬箱をリカちゃんから受け取って常備薬を取り出すと、Tさんが止めに入った。
「契約者、おそらくそれは効きはしない。無闇な投薬はやめておけ。彼らはさっちゃんの歌の他にも別の都市伝説を用いて夢子ちゃんをこの状態にまでしていたようだしな」
「そうなのか?」
「ああ、俺の解呪が夢子ちゃんにもう効いていない所を見ると、ずっと二番が継続している上に何らかの方法で俺の解呪を無効化するような……そんな何かが――」
 そこまで言うと髪を掻き毟るTさん。
「情報が足りないな。道中聞いた話しを元にしてもう少し情報をもらうとしよう」
 そう言って携帯を取り出した。
「情報?」
「あのスーツの男、浅井秀也と言ったか。彼が契約していた都市伝説の少女はおそらく黒服さんの古い知り合いだ」
「マジか?」
 あの嬢ちゃんが?
「ああ、地下カジノでの言動の端々を聞くにまず間違いない」
 そう言ってTさんは部屋から出ていった。遠ざかっていく声が微かに聞こえてくる。
「――、ああ、黒服さん突然ですまないがさっちゃんのことについて知っている限り全て教えてもらいたい」


            ●


 ついさっき地下カジノであったことの説明から始めたTさんの声が聞こえなくなった所で俺は夢子ちゃんに声をかけた。
「夢子ちゃん大変だったなー、大丈夫か?」
「夢のお姉ちゃんだいじょうぶ?」
 二人で問いかけると夢子ちゃんはぎこちない笑みで答える。
「は、い……大丈夫です」
 うん、しんどそうだ。
 頭の上のリカちゃんと頷きあって認識は同じだと確かめ合う。夢子ちゃんは本気で大丈夫だと俺たちに思わせることができてると思ってるんだろうなと考えながら夢子ちゃんに訊く。
「なんか食えるか?」
 夢子ちゃんの今の状態がさっちゃんの歌の二番目の通りならバナナの半分くらいは食えるはずだけど。
「いえ、食べ物は……バナナの半分も無理そうです」
 どうも駄目らしい。
「あー、クソ、あんにゃろう、歌詞通りかそれ以下の力にしとけよな」
 あんまりにもつらそうで見てらんねえっての。
 悪態をついていると夢子ちゃんは咳き込みながら言った。
「あの子の、力は……増幅されてました、から」
「増幅?」
 そういやTさんも何か他の都市伝説も一緒に使って夢子ちゃんをこの状態にしてるみたいなことを言ってたな。
「はい。これほどまでの力です……」
 そこで何故か夢子ちゃんは悲しそうな表情になった。
「あの方たちにも相当な、負荷がかかっているはずです……」


            ●


「――――、そうか、足を奪う四番目以外に契約によって二番の歌詞の病気にさせる呪いを……それでもやはり妙だな」
『妙……ですか?』
 青年の言葉に電話の向こうで黒服の疑問が返る。ん、と青年は応じ、
「以前彼女らが≪夢の国≫に挑んだ時、その力を使わなかったはずがない。だが結果としてそれで≪夢の国≫は揺らがなかった。当時の≪夢の国≫を揺るがせられなかったモノが今の≪夢の国≫を揺るがすことができるとは思えん。
 王が夢子ちゃんに代わって、その甘さに付け入られる隙はできてしまってはいるし、戦い方自体が≪夢の国≫の住人たちを庇うようなものになって王が前線に立つせいで彼女自身の危険も増えてはいるが、能力的にはほとんど以前の≪夢の国≫のままなのだからな。
 それにだ。呪いというものは対象が死ねば消えて失せるものだ。病気もしかり、宿主が機能停止するのだからな。呪いも病気も、その効果はそこで死ぬはずなんだ。そもそも死んだ後にその対象が再生するなんていうイレギュラーはそうそう起こりはしない。だからこそ秋祭りの時にあの世界一有名なネズミも、無意識の内に夢子ちゃんも創始者の支配から逃れられる可能性である自らにかけられた呪いを守るために死なないよう立ち回ったのだからな。それが、今回は一度夢子ちゃんが明らかに殺されたにも関わらず呪いが消えていない」
 ――異常だ。そう電話口に告げる。
『彼女は大丈夫なのですか?』
 電話の向こうからは夢子の生命を心配する声が返って来た。
「……最悪」
 そう前置きして青年は黒服に言う。
「夢子ちゃんにも確認したことだが、最悪、今回の復讐が成っても相当な都市伝説がついていない限りはあの子が消えることはないだろう。それほどまでに≪夢の国で人は死なない≫という条項は強力らしい」
 ――が、
「それが先代同様仇になる」
 そう言って深く息を吐いた。
『仇になる……とは?』
 黒服の疑問の声。
「ああ、今、夢子ちゃんは痛覚がないわけじゃない。刺されれば痛いし病が身体を蝕めば苦しむ。だが、そんなことが続けばその内に夢子ちゃんは呪いが与える苦しみなどでは動じなくなるだろう」
 しかし、
「その時には夢子ちゃんが目覚めてしまった夢の国の創始者――前王と同様の状態になっている」
 電話からはそれがどういうことなのか悟ったのか、黒服が息を呑む気配が伝わって来た。青年は続ける。
「当時の医学では治療困難なウイルス性の病気にかかり、いつかその治療法が確立されるまで肉体を冷凍保存したという都市伝説として存在し、しかし≪夢の国≫の集合体の主として目覚めてしまい、死んでもウイルスありきで蘇ったために最終的に病に狂った彼と、今強力な呪いによってもたらされる原因不明の病によって何度死んでもその身体を侵す病から逃れられない夢子ちゃんは構図がとても似ている。そしてこのままその構図が辿る末路は前の王と同じ。このままでは――」
 最悪の予想を告げた。

「――再び≪夢の国≫が悪夢に歪む」

『そんなこと、どうにかしなければ』
 焦ったような声、黒服も青年も≪夢の国≫が狂い、人を害した時の恐ろしさを知っている。だから、と言うように青年は黒服に告げる。
「当然そんなことにはさせんさ。――悪いが一つ頼まれてくれるか?」
『はい、なんでしょうか?』
「ああ……」
 あの人が黒服さんを慕っているのを知っていながら黒服さん越しに頼むのはやはり卑怯だなと思い、苦笑しながら青年は言う。
「≪パワーストーン≫契約者に結界関係の石を出来得る限り用意してもらい、そして契約者の部屋へと来てもらいたい。金に糸目はつけないと言っておいてくれ。――それと」
 思い出し、告げる。
「青白い光を放つ石と赤い光を放つ石、しかも何度も使用に耐えられるような代物、そんな≪パワーストーン≫があるのかについても訊いておいてもらいたい」
『わかりました。――貴方がたも、さっちゃんも、皆が無事で済むように祈っています』
「……そうなると良いな」
 青年は礼を言い、電話を切った。そして一人呟く。
「さっちゃんもそうだが、あのスーツの男、あの能力はなんだ? 服か何かが変形する能力……か?」
 それに殴打を止める時に受けたあの怪力、二つのペンダント……いったいいくつの都市伝説と契約しているのだろうか?
 疑問は多く、だがそれらを調べるには実際に彼らに会うしかないのだと思うと気が重くなるのだった。  



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